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【フル有給攻略】有給休暇取得期間の賞与・退職金への算定上の取扱い 法的根拠と管理実務

Tags: 有給休暇, 賞与, 退職金, 賃金計算, 労働基準法, 不利益取扱い, 管理職, 人事労務

【フル有給攻略】有給休暇取得期間の賞与・退職金への算定上の取扱い 法的根拠と管理実務

経理部マネージャーである田中様をはじめ、多くの管理職や人事労務担当者の皆様は、従業員の年次有給休暇(以下、有給休暇)取得に関し、多岐にわたる実務上の疑問をお持ちのことと存じます。その中でも、有給休暇を取得した期間が、賞与や退職金の算定にどのように影響するのか、という点はしばしばご質問いただく内容です。

本稿では、有給休暇取得期間が賞与および退職金の算定に与える影響について、労働基準法等の法的根拠を踏まえながら、管理職・人事労務担当者の皆様が理解しておくべきポイントと、実務における適切な取扱いについて詳細に解説いたします。

年次有給休暇取得期間の賃金計算の原則

まず、大前提として、有給休暇を取得した日は、労働日として扱われます。労働基準法第39条第9項において、有給休暇を取得した期間は、賃金の算定に当たって「通常の労働をしたものとみなす」ことが規定されています。

これは、有給休暇を取得したことによって、賃金が減額されたり、その他労働者にとって不利益な取扱いを受けたりすることを防止するための重要な原則です。有給休暇期間中の賃金の計算方法については、以下のいずれかによることが認められています。

これらのいずれを採用するかは、就業規則等で定める必要があります。重要なのは、いずれの計算方法による場合でも、有給休暇を取得した日は、労働義務が免除されながらも、労働日として賃金が支払われるべき日であるという点です。

賞与算定への影響

賞与の法的性質と算定期間

賞与(ボーナス)は、法律上、必ずしも支給が義務付けられているものではありません。その法的性質は、労働契約、労働協約、または就業規則等によって定められる会社の規定に基づきます。多くの企業では、賞与の支給対象者、算定期間、計算方法、支給時期などが就業規則(賃金規程を含む)に詳細に規定されています。

通常、賞与は特定の算定期間における従業員の業績や会社の業績などを評価して支給されます。この算定期間中に従業員が有給休暇を取得した場合、その期間が賞与額の計算に影響するのかが問題となります。

有給休暇取得期間の取扱いと不利益取扱いの禁止

先述の通り、労働基準法第39条第9項は、有給休暇を取得した期間を「通常の労働をしたものとみなす」と定めています。この規定は、有給休暇取得を理由とした不利益取扱いを禁止するという趣旨を含んでいます。

したがって、賞与の算定において、単に有給休暇を取得したという事実をもって、その日数に応じて賞与額を機械的に減額したり、評価を下げたりすることは、原則として労働基準法違反となる可能性が高いです。有給休暇を取得した期間は「通常の労働をしたものとみなす」のですから、その期間が存在することを理由に不就労控除を行うことは、有給休暇の趣旨に反します。

就業規則等による取扱い

ただし、就業規則等において、賞与の算定にあたり、算定期間中の「出勤率」に応じて一定の調整を行う旨が定められている場合があります。このような定めがある場合、有給休暇を取得した日を「出勤日」として計算に含めるのであれば問題ありません。しかし、有給休暇取得日を欠勤日や出勤率の計算から除外して計算し、その結果として賞与額が減額されるような規定は、有給休暇取得に対する不利益取扱いとみなされるリスクがあります。

判例においても、有給休暇を取得した日を出勤率算定の対象から除外したり、欠勤として扱ったりすることは、有給休暇取得に対する不利益取扱いであり違法となるとの判断が示されています。(最高裁判所第一小法廷 平成5年6月25日判決 西日本鉄道事件など)

したがって、管理職・人事担当者の皆様は、自社の就業規則(賃金規程)における賞与の算定方法、特に算定期間中の「出勤率」や「勤務日数」の取扱いに関する規定を確認し、有給休暇取得日がどのように扱われるかを明確に理解しておく必要があります。そして、有給休暇取得を理由とする不当な減額が行われないよう、規定の運用または見直しを行う責任があります。

退職金算定への影響

退職金の法的性質と算定方法

退職金も賞与と同様に、法律上必ずしも支給が義務付けられているものではありません。その支給条件や算定方法は、労働協約、就業規則(退職金規程)、または個別の労働契約によって定められます。

退職金の算定方法は様々ですが、一般的には以下の要素が考慮されます。

勤続年数算定への影響

退職金の算定において最も重要な要素の一つが「勤続年数」です。有給休暇を取得した期間は、労働基準法上「通常の労働をしたものとみなす」期間であるため、当然ながら有給休暇を取得した期間が勤続年数の算定から除外されることはありません。これは、勤続期間に基づき退職金が算定される場合に、有給休暇取得が退職金の減額につながるという不利益取扱いを防止するためです。

平均賃金算定への影響

一部の企業では、退職金規程に基づき、退職事由によっては退職時の「平均賃金」を算定基礎として退職金が計算される場合があります(例:労働基準法に基づく解雇予告手当の計算方法を準用するなど)。

労働基準法における平均賃金は、「算定事由発生日以前3ヶ月間に支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除して計算」されます。この際、賃金の総額には、有給休暇期間中に支払われた賃金も含まれます。また、算定期間中に労働者の責に帰さない事由(例:使用者の責に帰すべき事由による休業、産前産後休業、育児休業、介護休業、業務上の傷病による休業、有給休暇など)によって賃金が著しく低下した場合、その期間とその期間中の賃金は平均賃金の算定から除外されます(労働基準法第12条第2項)。

つまり、有給休暇を取得した期間自体は、平均賃金の算定においては、賃金総額にも総日数にも通常は含まれません(分母・分子から除外される)。したがって、有給休暇を多く取得したからといって、それだけを理由に平均賃金が不当に低くなり、結果として退職金が減額されるということは、原則として起こりません。平均賃金が退職金算定基礎となる場合でも、有給休暇取得が直接的に退職金に不利な影響を与える可能性は低いと言えます。

退職金規程における取扱いと不利益取扱いの禁止

退職金規程において、勤続年数以外の算定要素として、欠勤日数に応じて退職金が減額される旨の定めがある場合があります。この場合、有給休暇取得日を欠勤として扱い、退職金を減額することは、有給休暇取得に対する不利益取扱いとして違法となります。

管理職・人事担当者は、自社の退職金規程を確認し、勤続年数やその他算定要素の取扱いにおいて、有給休暇取得が不利益とならないように運用されているかを確認する必要があります。

管理職・人事担当者が取るべき対応

有給休暇取得期間が賞与や退職金の算定に与える影響について、管理職・人事担当者の皆様が適切に対応するために、以下の点を実践することが重要です。

  1. 就業規則・賃金規程・退職金規程の確認と周知: 自社の各種規程において、賞与や退職金の算定方法、特に算定期間中の勤務日数や出勤率、勤続年数の取扱いについて、有給休暇取得日がどのように扱われるかが明確に定められているかを確認してください。曖昧な点や不利益取扱いにつながる可能性のある規定があれば、専門家(社会保険労務士等)と相談の上、見直しを検討してください。また、これらの規程の内容を従業員に正確に周知することも重要です。
  2. 有給休暇取得を理由とする不利益取扱いの防止徹底: 有給休暇を取得したことのみを理由として、賞与額を減額したり、人事評価を下げたり、退職金算定上の勤続年数から除外したりすることは、労働基準法違反となる不利益取扱いです。このような行為が部署内で行われないよう、管理職として認識を共有し、徹底してください。評価制度における「勤務態度」などの要素に、単なる有給休暇取得日数を反映させることも、不利益取扱いとみなされる可能性があります。
  3. 計算方法に関する疑問への対応: 従業員から「有給を取るとボーナスや退職金が減るのではないか」といった質問があった場合、自社の規程に基づき、有給休暇取得は不利益な算定につながるものではないことを、法的根拠を交えながら丁寧に説明できるように準備しておきましょう。正確な情報を提供することが、従業員の安心につながり、有給休暇取得をためらわない職場環境の醸成に貢献します。

まとめ

年次有給休暇を取得した期間は、労働基準法上「通常の労働をしたものとみなす」と定められており、この原則は賞与や退職金の算定においても重要です。

管理職・人事担当者の皆様は、自社の規程を正しく理解し、有給休暇取得を理由とする不利益取扱いを徹底して防止することが求められます。これにより、従業員が安心して有給休暇を取得できる環境を整備し、コンプライアンスを遵守しながら、組織全体の生産性向上に貢献することができます。

「フル有給攻略ガイド」では、今後も管理職・人事労務担当者の皆様の実務に役立つ正確な情報を提供してまいります。