【フル有給攻略】年次有給休暇中の出張手当・交通費 法的取扱と管理実務
年次有給休暇中の出張手当・交通費 法的取扱と管理実務
企業の管理職や人事労務担当者の皆様にとって、従業員の年次有給休暇(以下、有給休暇)の適切な管理は重要な責務です。「フル有給攻略ガイド」では、法改正や判例を踏まえ、有給休暇の100%消化を目指すための実践的な情報を提供しています。
今回は、有給休暇の取得期間中に、想定外の事態として出張が発生した場合の「出張手当」や「交通費」といった費用の取り扱いについて、法的側面と管理職が取るべき実務対応を解説します。有給休暇中の社員への業務指示は原則として避けるべきですが、やむを得ない状況や、過去の事例から学ぶべき点も存在します。正確な知識を持ち、適切な対応を行うことが、コンプライアンス遵守と労使トラブルの回避につながります。
年次有給休暇の基本的な考え方と出張
年次有給休暇は、労働者が労働義務のある日に、その義務を免除されて賃金の支払いを受けることができる日として、労働基準法によって定められています。有給休暇を取得した日は、労働契約上、労働義務が消滅します。
この基本的な考え方から、有給休暇の取得期間中に、会社が労働者に対して通常の業務、例えば出張や会議への出席などを命じることは、原則として想定されません。有給休暇中に会社の命令で業務に従事させた場合、それは労働日となり、有給休暇を取得したことにはなりません。
有給休暇中に「労働」が発生した場合の取り扱い
では、もしやむを得ない状況で、有給休暇中に社員に会社の指示で出張を含む業務を依頼し、その社員が同意して業務を行った場合はどうなるでしょうか。
この場合、当該日は労働義務が免除された日ではなくなり、通常の労働日として扱われるべきです。したがって、その日の業務に対しては通常の賃金支払い義務が発生します。また、本来取得予定だった有給休暇は取得できなかったことになりますので、別の日に有給休暇を与えるか、その日を別の方法(例えば振替休日)で扱うかといった検討が必要になります。
重要なのは、有給休暇は労働者の権利であり、使用者は労働者の請求する時季に有給休暇を与えなければならない(労働基準法第39条第5項本文)ということです。労働者の同意なく、一方的に有給休暇中の労働を命じることは、使用者の時季変更権の行使とは異なり、有給休暇の権利を侵害する行為となる可能性があります。
出張手当・交通費は「賃金」か
出張手当や交通費が、有給休暇中の賃金算定にどのように影響するのかを理解するためには、これらが労働基準法上の「賃金」に該当するか否かを考える必要があります。
労働基準法第11条では、賃金とは「賃金、給料、手当、賞与その他名称のいかんを問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのもの」と定義されています。
出張手当については、その性質が議論されることがあります。実費弁償的な性格(出張に伴う食費や雑費等を賄う目的)が強い場合は、労働の対償とは言えず、賃金には含まれないと解されるのが一般的です。しかし、規程等で一律定額の手当として支給され、実費弁償を超える部分が労働に対する対価としての性格を持つと判断される場合は、一部または全部が賃金とみなされる可能性もあります。
交通費についても、通常は業務遂行のために実際にかかった費用を補填する「実費弁償」としての性格が強く、賃金には含まれないと考えられます。通勤手当についても、一般的には賃金とは区別して扱われます。
したがって、多くのケースにおいて、出張手当や交通費は労働基準法上の「賃金」には直接含まれないため、有給休暇取得日の賃金(原則として「通常の賃金」や「平均賃金」)の算定には含めないのが通例です。
有給休暇中に発生した出張にかかる手当・交通費の支払い義務
前述の通り、有給休暇中に会社の指示で業務(出張を含む)が発生し、それが労働日として扱われる場合、その業務にかかる費用は会社が負担する義務があります。
これは、有給休暇中か否かに関わらず、業務遂行のために必要な費用は使用者が負担するという原則に基づくものです。出張手当についても、会社の規程に基づき、その労働日に対する手当として支払う必要があります。交通費も同様に、業務のために発生した移動にかかる実費を会社が負担する必要があります。
つまり、有給休暇中に発生した業務は、もはや有給休暇ではなく労働日として扱われるため、通常の出張時と同様に、規程に基づき出張手当や交通費を支払う義務が生じるということです。
管理職・人事担当者が知っておくべき実務対応
- 有給休暇中の業務指示は原則NG: 有給休暇を取得している社員は労働義務がありません。安易な業務指示、特に拘束力を伴う出張命令は避けるべきです。これは労働者の権利を尊重し、労働時間管理を適切に行う上で基本となります。
- やむを得ない場合の対応: 緊急時など、どうしても有給休暇中の社員に業務(出張含む)を依頼せざるを得ない場合は、必ず社員の同意を得る必要があります。同意が得られた場合、その日は労働日となります。
- 有給休暇の取り消し・振替: 当該日の有給休暇は取得できなかったことになります。その有給休暇を別の日に振り替えるか、買い取り等の検討が必要になる場合もありますが、原則は別の日に取得させる方向で調整すべきです。
- 労働時間管理と賃金・手当の支払い: 当該日は通常の労働日として、労働時間や業務内容に応じた賃金、そして規程に基づく出張手当や交通費を支払う必要があります。割増賃金の発生有無も確認が必要です。
- 規程類の確認と整備: 就業規則、賃金規程、出張規程などが、有給休暇中の業務や出張手当・交通費の取り扱いについて明確に定めているかを確認しましょう。特に、出張手当の性質(賃金性があるか否か)や、有給休暇中の例外的な業務に関する取り扱いは、トラブル防止のために明確化しておくことが望ましいです。
- 部下への丁寧な説明: 部下から有給休暇中の業務や出張に関する質問があった場合、なぜその対応が必要なのか、法的根拠はどうなっているのか、手当・費用はどうなるのかを正確かつ丁寧に説明することが重要です。曖昧な説明は不信感や誤解を招きます。
- 計画的な業務遂行: 有給休暇中に緊急性の高い業務が発生しないよう、日頃からチーム内で業務の属人化を防ぎ、情報共有を進めるなど、計画的な業務遂行を心がけることが、管理職の重要な役割です。
まとめ
年次有給休暇は、労働者にとって心身のリフレッシュを図るための重要な権利です。この期間中は労働義務がないため、原則として会社は労働者に対して業務を命じることはできません。
もし例外的に有給休暇中の社員に会社の指示で出張を含む業務を依頼し、その社員が同意して業務を行った場合、その日は労働日として扱われます。この場合、通常の労働に対する賃金や、規程に基づく出張手当・交通費を支払う義務が発生します。出張手当や交通費は、多くの場合、賃金とは区別される実費弁償的な性質を持ちますが、規程によっては賃金とみなされるケースもあります。
管理職としては、有給休暇中の安易な業務指示を避け、やむを得ない場合は労働者の同意を得た上で、適切に労働日として扱い、賃金や必要な経費を支払う義務を果たすことが不可欠です。規程類の整備や部下への丁寧な説明を通じて、コンプライアンスを遵守し、従業員が安心して有給休暇を取得できる環境を整備することが求められます。正確な知識に基づいた適切な対応が、「フル有給攻略」への道を開きます。