【管理職向け】年次有給休暇取得率向上のための計画策定と推進 実践ガイド
はじめに:なぜ今、年次有給休暇取得率向上が求められるのか
企業の管理職・人事労務担当者の皆様にとって、年次有給休暇(以下、有給休暇)の適切な管理と取得促進は、コンプライアンス遵守だけでなく、従業員の健康維持や生産性向上、そして企業イメージ向上においても極めて重要な課題です。
特に、2019年4月1日に施行された働き方改革関連法により、使用者は法定の年次有給休暇日数が10日以上の労働者に対し、年5日については労働者の時季指定権、使用者の時季変更権にかかわらず、時季を定めて取得させることが義務付けられました(労働基準法第39条第7項)。この法改正は、単に罰則を伴う義務化に留まらず、企業文化として有給休暇を「取得しやすい」「計画的に取得する」ものへと変えていく契機となります。
本稿では、「フル有給攻略ガイド」のコンセプトに基づき、管理職・人事担当者が直面する取得率向上という課題に対し、法的な根拠と実務的な視点から、具体的な計画策定と推進方法について解説します。
1. 現状把握と目標設定:自社の取得率を正しく理解する
有給休暇取得率向上を目指す第一歩は、自社の現状を正確に把握することです。
1.1 取得率の計算方法
一般的に、有給休暇の取得率は以下の式で計算されます。
有給休暇取得率(%)=(取得日数 ÷ 付与日数)× 100
ここで、「付与日数」は、当該期間中に労働者に対して新たに付与された法定有給休暇の日数と、前年度から繰り越された日数の合計となります。厚生労働省の調査では、一般的に前年度からの繰越分を含めた「付与日数」を分母とする計算方法が用いられています。
例えば、ある労働者に年間20日付与され、前年度から5日繰り越した場合、その年の付与日数は25日です。この労働者が15日有給休暇を取得した場合、取得率は(15日 ÷ 25日)× 100 = 60% となります。
部署ごとの平均取得率、勤続年数別の取得率など、多角的に分析することで、取得率が低い原因(特定の部署に集中している、特定の勤続年数の層が低いなど)が見えてくることがあります。
1.2 目標値の設定
政府は「2025年までに有給休暇取得率70%」という目標を掲げています。これを参考に、自社の現状や経営状況、業務特性などを考慮し、実現可能な目標値を設定します。全社目標だけでなく、部署ごとの目標設定も有効です。
目標設定においては、単に数値を追うだけでなく、「なぜその目標を達成する必要があるのか」という目的(従業員のワークライフバランス改善、生産性向上、離職率低下など)を明確にすることが重要です。
2. 取得率向上のための計画策定:時季指定義務と計画的付与制度の活用
目標達成に向けた具体的な計画を策定します。計画には、法的義務への対応と、取得促進のための施策を盛り込みます。
2.1 年5日間の時季指定義務への対応
労働基準法第39条第7項により、企業は対象となる労働者に対して、年5日を有給休暇として取得させなければなりません。この義務を果たすための計画が必要です。
- 対象者の把握: 法定の有給休暇付与日数が10日以上の労働者が対象です。
- 時季に関する意見聴取と反映: 労働者の意見を聴取し、その意見を尊重するよう努めなければなりません。一方的に会社が時季を指定することは、法の趣旨に反する可能性があります。丁寧なコミュニケーションを通じて、労働者本人の希望や業務の繁閑を考慮した上で、取得時季を決定します。
- 時季指定方法の決定: 個別指定方式、計画的付与制度など、自社に適した方法を検討します。
2.2 計画的付与制度の導入検討
計画的付与制度とは、有給休暇のうち5日を超える部分について、労使協定を締結することにより、計画的に取得日を定めることができる制度です(労働基準法第39条第6項)。この制度を活用することで、労働者にとって有給休暇を取得しやすくなり、使用者にとっては計画的な業務運営が可能になります。
- 計画的付与の対象となる日数: 付与日数から5日を差し引いた残りの日数について、計画的付与の対象とすることができます。例えば、年間10日付与される労働者の場合、5日分が計画的付与の対象となります。
- 計画的付与の方法:
- 一斉付与方式: 事業場全体または部署ごとに、特定の日に有給休暇を取得させる方法です。大型連休などに合わせて実施されることが多いです。
- 交代制付与方式: 班やグループごとに、交代で有給休暇を取得させる方法です。サービス業など、一斉に休むことが難しい事業場で有効です。
- 個人別付与方式: 労働者ごとに、年間で取得日を指定する方法です。例えば、個人の誕生日や記念日を休日とするなどです。
- 労使協定の締結: 計画的付与制度を導入するには、労働者の過半数で組織する労働組合、または労働者の過半数を代表する者との間で労使協定を締結し、就業規則に記載する必要があります。
計画的付与制度は、取得率向上に非常に効果的ですが、導入に際しては、労働者の意見を十分に聞き、理解を得ることが不可欠です。
2.3 チーム・部署単位での計画策定
管理職は、担当するチームや部署の状況を踏まえ、より詳細な取得計画を策定・推進する責任があります。
- 年間取得計画の作成支援: 部下一人ひとりの年間有給休暇取得計画(希望時季含む)を作成させ、それをチーム全体で共有・調整する機会を設けます。
- 業務の可視化と標準化: 特定の個人しかできない業務を減らし、誰でも対応できるように業務を可視化・標準化することで、担当者が休んでも業務が滞らない体制を構築します。
- チーム内での業務分担・協力体制の強化: お互いの有給休暇取得をサポートし合う文化を醸成します。
3. 推進・実行段階での実務:管理職の具体的なアクション
計画を絵に描いた餅にしないためには、管理職による積極的な推進・実行が不可欠です。
- 積極的な声かけ: 定期的に部下に対して有給休暇の取得状況を確認し、「いつ頃、何日くらい取得できそうか」といった具体的な声かけを行います。単に取得を促すだけでなく、取得したい時季や、そのために必要な業務調整について一緒に考える姿勢を示すことが重要です。
- 率先垂範: 管理職自身が積極的に有給休暇を取得する姿勢を示すことは、部下が取得しやすくなる環境を作る上で非常に効果的です。管理職が多忙を理由に有給休暇を取得しない職場では、部下も気兼ねして取得しにくくなります。
- 業務調整のサポート: 部下が有給休暇を取得しやすいよう、業務の繁閑を調整したり、他のメンバーとの業務分担を調整したりといった具体的なサポートを行います。業務が属人化している場合は、マニュアル作成を促すなどの支援も検討します。
- コミュニケーションの円滑化: チーム内で日頃から業務状況や進捗を共有する習慣をつけ、誰かが休んでも他のメンバーがスムーズに業務を引き継げるようにします。
4. 管理職が留意すべき法的ポイントとトラブル防止策
有給休暇取得率向上の推進にあたっては、関連法規を遵守することが不可欠です。
4.1 不利益取扱いの禁止
労働基準法第136条では、使用者は、労働者が年次有給休暇を取得したことを理由として、その労働者に対して不利益な取扱いをしてはならないと定めています。評価への影響、昇進・昇給での不利な扱い、精皆勤手当の不支給などがこれに該当します。有給休暇取得が人事評価にネガティブな影響を与えるといった運用は、違法となる可能性があります。
4.2 時季変更権の行使は最小限に
使用者は、労働者が請求した時季に有給休暇を与えることが「事業の正常な運営を妨げる場合」に限って、他の時季に変更させることができます(労働基準法第39条第5項)。これが時季変更権です。しかし、この権利は無制限に行使できるものではなく、厳格に解釈されます。単に人員が手薄になる、忙しいといった理由だけでは認められにくい場合があります。
- 判例の示す基準: 最高裁判所の判例では、時季変更権の行使が認められるのは、「代替要員の確保が困難」「同時期の取得者が多数で業務に支障をきたす」「突発的な大口受注への対応」など、客観的に見てその時季に有給休暇を与えることが事業運営に著しい支障をきたす場合に限られるとしています。
- 代替手段の検討: 時季変更権を行使する前に、代替要員の確保、業務の再分配、他部署からの応援など、事業の正常な運営を妨げないためのあらゆる努力を行う必要があります。
- 丁寧な説明: 時季変更を依頼する際は、その必要性について労働者に丁寧に説明し、理解と協力を求める姿勢が重要です。
4.3 労働者の意見聴取と記録
年5日間の時季指定義務においては、労働者の意見を聴取し、その意見を尊重するよう努めなければなりません。いつ、どのように労働者の意見を聴取したか、指定した時季について労働者の同意を得られたか、といった過程を記録しておくことが、後々のトラブル防止に繋がります。年次有給休暇管理簿への記載義務と併せて、適切に管理してください。
5. まとめ:取得率向上は企業と従業員の双方にメリットをもたらす
年次有給休暇取得率の向上は、法的な義務への対応という側面だけでなく、従業員の心身のリフレッシュを促し、モチベーションや生産性の向上につながるポジティブな取り組みです。計画的な取得は、業務の属人化を解消し、チーム全体の対応力を高める効果も期待できます。
管理職の皆様は、単なる「休みを取らせる」という義務感から、「従業員がより活き活きと働き、チームとして高い成果を上げるための戦略的な投資」として、有給休暇取得促進を捉え直してください。本稿で述べた計画策定や推進のための具体的なアクション、そして法的留意点を踏まえ、皆様の部署・チームでの有給休暇100%消化を目指していただければ幸いです。
ご不明な点や個別の事案への対応については、必要に応じて人事労務部門や専門家にご相談ください。