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【フル有給攻略】有給休暇「推奨日」・「一斉取得日」導入の実務と法的留意点 管理職・人事担当者向け解説

Tags: 年次有給休暇, 有給取得率向上, 管理職, 人事労務, 労働基準法, 推奨日, 一斉取得日

はじめに

企業の持続的な成長と従業員のエンゲージメント向上のためには、年次有給休暇(以下、有給休暇)の適切な取得促進が不可欠です。特に、労働基準法に基づく年5日の有給休暇の時季指定義務化以降、企業は従業員に確実に有給休暇を取得させるための取り組みを強化しています。その施策の一つとして、「推奨日」や「一斉取得日」の設定を検討、またはすでに導入している企業も多いかと存じます。

本記事では、管理職や人事労務担当者の皆様が、有給休暇の「推奨日」や「一斉取得日」を導入・運用する際に押さえておくべき実務上のポイントと法的留意点について、労働基準法等の関連法規に基づき解説いたします。従業員の権利を尊重しつつ、企業としてのコンプライアンスを遵守し、効果的な有給休暇取得促進を実現するための一助となれば幸いです。

有給休暇の「推奨日」・「一斉取得日」とは

有給休暇の「推奨日」や「一斉取得日」とは、企業が特定の時期や日にちを従業員に有給休暇を取得することを推奨したり、一斉に取得を促したりする取り組みを指します。例えば、大型連休の谷間の平日や、年末年始、お盆期間などに設定されることが一般的です。

これは、個々の従業員の希望による時季指定(労働基準法第39条第5項)とは異なり、企業側が主導して取得を促す点が特徴です。類似の制度として「計画的付与制度」(労働基準法第39条第6項)がありますが、「推奨日」や「一斉取得日」は、必ずしも計画的付与制度として労使協定を締結している場合のみを指すものではありません。労使協定に基づかない、企業による取得推奨・促進策も含まれます。

計画的付与制度との違い

計画的付与制度は、付与日数のうち5日を超える部分について、労使協定を締結することにより、計画的に取得日を定めることができる制度です。これは、企業が強制的に有給休暇日を指定するものであり、労働者の時季指定権の一部を制限することになりますが、労使協定という手続きを踏むことで適法となります。

一方、「推奨日」や「一斉取得日」は、必ずしも労使協定を前提とするものではありません。労使協定がない場合、これはあくまで「推奨」や「取得の呼びかけ」であり、労働者がこれに従う法的な義務はありません。労働者は、本来有している時季指定権に基づき、他の日に有給休暇を取得することも可能です。

導入のメリットとデメリット

メリット

デメリット

導入における法的留意点

労使協定に基づかない「推奨日」や「一斉取得日」の設定は、労働者の時季指定権を侵害しないように細心の注意が必要です。

労働者の時季指定権の尊重

労働者は、原則として希望する時季に有給休暇を取得する権利を有します(労働基準法第39条第5項)。企業が設定する「推奨日」や「一斉取得日」は、この労働者の権利を制限するものであってはなりません。したがって、従業員が推奨日以外の日に有給休暇の取得を申し出た場合、企業は事業の正常な運営を妨げる場合でない限り、その時季変更権を行使することはできません(労働基準法第39条第5項ただし書)。単に推奨日に休んでほしいという理由だけでは、時季変更権は認められません。

強制とならないための配慮

労使協定に基づかない推奨日は、あくまで「推奨」であるという点を明確に伝える必要があります。従業員に対し、推奨日に有給休暇を取得することを事実上強制したり、取得しない従業員に不利益な取り扱いをしたりすることは、労働基準法第136条(年次有給休暇の取得に関する不利益取扱いの禁止)に抵触する可能性があります。例えば、推奨日に取得しなかったことを理由に評価を下げる、賞与を減額するといった行為は不利益取扱いに該当し得ます。

就業規則等での位置づけ

推奨日や一斉取得日について就業規則等に定める場合、それが労使協定に基づく計画的付与制度なのか、あるいは単なる推奨であるのかを明確に区別して記載する必要があります。推奨日については、「この日は有給休暇取得を推奨する日であり、取得は従業員の判断に委ねられる」といった趣旨を明記することが望ましいです。

計画的付与制度を導入する場合

計画的付与制度として一斉取得日等を設ける場合は、必ず労使協定の締結が必要です。労使協定には、対象となる労働者の範囲、計画的に付与する年次有給休暇の日数、具体的な付与日等を定める必要があります。この労使協定は、労働基準監督署への届出は不要ですが、協定の内容は就業規則に記載するか、または他の方法で労働者に周知する必要があります。計画的付与の対象とできるのは、労働者に付与される有給休暇日数のうち、5日を超える部分のみです。

円滑な運用に向けた実務のポイント

管理職や人事労務担当者として、推奨日や一斉取得日を効果的かつ問題なく運用するためには、以下の点に配慮が必要です。

従業員への丁寧な周知と合意形成

推奨日や一斉取得日を導入する目的(従業員のリフレッシュ促進、業務効率化など)を丁寧に説明し、従業員の理解と協力を得ることが重要です。一方的な押し付けではなく、従業員にとってのメリットも伝えることで、前向きな取得を促すことができます。労使での話し合いの機会を設けることも有効です。

業務調整のサポート

推奨日や一斉取得日に多くの従業員が休暇を取得できるよう、事前に業務の棚卸しや引継ぎ計画の策定をチーム内でサポートします。代替要員の確保や、緊急時の連絡体制の構築など、管理職が主導して具体的な対応策を講じることが、従業員の取得への不安を軽減します。

例外対応の検討

推奨日にどうしても休むことが難しい業務や、個人的な事情がある従業員のために、例外的な対応や代替の取得機会を検討します。例えば、部署内で交代制にする、推奨日以外にも取得奨励期間を設けるなどの工夫が考えられます。全ての従業員に一律の対応を求めるのではなく、個別の事情にも配慮することで、公平感を保ち、不平・不満の発生を防ぎます。

管理職自身の率先垂範

管理職自身が積極的に有給休暇を取得し、ワークライフバランスを実践する姿を示すことは、従業員が有給休暇を取得しやすい職場環境を作る上で非常に効果的です。「マネージャーも休むのだから、自分も遠慮なく休める」という安心感を与えることができます。

コミュニケーションの活性化

日頃からチーム内で有給休暇の取得計画や業務状況についてオープンに話し合える雰囲気を醸成します。これにより、突然の有給休暇取得による業務への影響を最小限に抑え、計画的な取得を促すことができます。また、従業員が有給休暇の取得について懸念や疑問を抱えている場合に、気軽に相談できる関係性を築くことが重要です。

まとめ

有給休暇の「推奨日」や「一斉取得日」は、企業の有給休暇取得率向上に有効な施策の一つですが、その導入・運用にあたっては、労働者の時季指定権を尊重し、強制や不利益取扱いとならないよう、法的留意点を十分に理解しておく必要があります。

管理職や人事労務担当者としては、単に日を設定するだけでなく、従業員への丁寧な説明と合意形成、業務調整の具体的なサポート、そして管理職自身の率先垂範を通じて、従業員が後ろめたさを感じることなく、権利として有給休暇を取得できる職場環境を整備することが求められます。本記事で解説したポイントが、皆様の組織における有給休暇の適切な取得促進とコンプライアンス遵守の一助となれば幸いです。