【フル有給攻略】従業員からの有給休暇申し出・質問にどう答える? 管理職が知るべき法的根拠と対応事例
従業員からの有給休暇申し出・質問にどう答える? 管理職が知るべき法的根拠と対応事例
年次有給休暇(以下、有給休暇)は、労働者の権利として労働基準法に定められています。管理職の皆様は、部下から有給休暇の取得に関する様々な申し出や質問を受けることがあるでしょう。これらの申し出や質問に対し、曖昧な回答や不適切な対応をしてしまうと、部下からの信頼を損なうだけでなく、法的なトラブルに発展するリスクも伴います。
本稿では、「フル有給攻略ガイド」のコンセプトに基づき、法改正や判例を踏まえながら、従業員からの有給休暇に関する多様な申し出・質問に対する管理職として取るべき正しい対応について、具体的な事例を交えて解説します。従業員が安心して有給休暇を取得できる環境を整え、同時にチームの業務円滑化とコンプライアンス遵守を実現するための一助となれば幸いです。
有給休暇に関する基本的な原則の再確認
従業員からの申し出や質問に対応する前に、有給休暇に関する基本的な法的原則を改めて確認します。
- 権利性: 有給休暇は、法定の要件(雇入れの日から6ヶ月継続勤務し、全労働日の8割以上出勤など)を満たした労働者に当然に発生する権利です(労働基準法第39条)。
- 労働者の時季指定権: 労働者は、有給休暇を取得する時季(時期)を指定する権利を持ちます。会社は原則として、労働者が指定した時季に有給休暇を与えなければなりません。
- 使用者の時季変更権: 会社が労働者の指定した時季に有給休暇を与えることが、「事業の正常な運営を妨げる場合」に限って、他の時季に変更することを求めることができます。これが時季変更権です(労働基準法第39条第5項)。この時季変更権の行使は極めて限定的であるべきであり、単に「忙しいから」「人手が足りないから」といった理由だけでは原則として認められません。代替要員の確保努力など、会社側の配慮が求められます。
- 取得理由の原則不問: 労働者が有給休暇を取得する理由について、法律上の定めはありません。原則として、会社は労働者に対し、有給休暇の取得理由を尋ねたり、取得理由によって取得を認めたり認めなかったりすることはできません。
これらの原則を踏まえ、具体的な対応事例を見ていきましょう。
従業員からの有給休暇申し出・質問への対応事例
事例1:「〇〇のために有給を取りたいのですが、理由を聞かれますか?」
質問の背景: 従業員がプライベートな用事や特定のイベント参加のために有給休暇を取得したいと考えているが、会社に理由を知られたくない、あるいは理由によって取得を拒否されないか心配しているケースです。
管理職の正しい対応:
労働基準法上、有給休暇の取得理由は問われません。したがって、原則として従業員に対し、取得理由を詳細に尋ねる必要はありませんし、理由によって取得を拒否することはできません。
回答としては、「有給休暇の取得理由は問いませんので、申請書にご記入いただく必要はありません。ただし、取得希望日に業務に支障が出る可能性がある場合は、時季変更についてご相談させていただくことがありますので、業務の調整についてご協力をお願いします。」といった形で、理由の不問を伝えつつ、時季変更権を行使する可能性(事業の正常な運営を妨げる場合)があることに言及し、業務調整の協力を促すのが適切です。
時季変更権の判断のために、その休暇が不可欠なものであるか(例:本人の結婚式、親族の葬儀など)を確認する必要がある場面も実務上はあるかもしれませんが、これはあくまで時季変更の必要性を判断するための情報収集であり、理由そのもので取得を拒否するものではない点に注意が必要です。個人的な理由であっても、従業員が指定した時季に有給休暇を与えることが原則です。
事例2:「来週の△曜日に絶対休みたいのですが、許可されますか?」
質問の背景: 従業員が特定の日に絶対休みたい強い希望を持っており、その希望日が業務繁忙期や他の従業員と重なるなど、チームにとって調整が難しい可能性があるケースです。
管理職の正しい対応:
従業員には有給休暇の時季指定権がありますが、会社には「事業の正常な運営を妨げる場合」に時季変更権を行使できる可能性があります。まずは、その指定された時季に有給休暇を与えることが、具体的にどのような業務に支障をきたすのかを冷静に判断する必要があります。
単に「忙しい」「人手が足りない」といった抽象的な理由では時季変更権は認められにくい傾向にあります。代替要員の配置や業務の段取り変更などの努力を行ってもなお、その従業員の休暇が事業の正常な運営を妨げる客観的な事実と蓋然性がある場合にのみ、時季変更権の行使を検討できます。
対応としては、「ご希望の〇月〇日ですね。ただ、その日は大変申し訳ないのですが、〜〜(具体的な業務内容)の対応で人員が不足しており、現状ですと業務に大きな支障が出てしまう懸念があります。つきましては、大変恐縮ですが、他の時季での取得をご検討いただけないでしょうか。あるいは、〜〜といった方法で業務を調整することは可能か、一緒に考えてみることはできますでしょうか。」のように、時季変更を依頼する理由(事業運営への具体的な支障)を丁寧に説明し、代替案の提示や業務調整への協力をお願いする姿勢が重要です。一方的な取得拒否や、時季変更権の濫用と受け取られるような対応は避けてください。
時季変更権の適法性については、過去の判例でも厳しく判断される傾向があります。安易な時季変更権の行使は避けるべきです。
事例3:「病気で休んだ日に有給を充てられますか?」
質問の背景: 従業員が突発的な体調不良などで会社を欠勤し、その後に、欠勤日を有給休暇扱いにできるか、と質問してくるケースです。
管理職の正しい対応:
有給休暇は、原則として事前に時季を指定して取得するものです。欠勤した後に、その日を有給休暇として扱ってほしいという申し出は、「事後の申請」となります。
事後の申請については、労働基準法に明確な定めはありません。しかし、一般的には、就業規則で事後申請の可否や手続きについて規定されている場合があります。就業規則に定めがない場合や、定められていても会社が同意しない限りは、原則として事後申請による有給休暇への振替は認められません。
ただし、就業規則で事後申請を認めている場合や、会社が個別の状況を考慮して認める運用としている場合は可能です。管理職としては、まずは自社の就業規則を確認し、規定に基づいた対応を行う必要があります。就業規則に定めがない場合は、原則として欠勤扱いとなることを説明しつつ、会社の運用方針を確認して対応してください。人道的な観点や従業員との信頼関係維持の観点から、例外的に認めるかどうかは、会社の判断となりますが、公平性の観点から一貫性のある対応が求められます。
事例4:「退職前に残っている有給を全て消化したいのですが、可能ですか?」
質問の背景: 退職が決まった従業員が、付与されている有給休暇を消化しきれないまま退職日を迎えることになりそうなため、退職日までの間に全て取得したいと申し出るケースです。
管理職の正しい対応:
退職予定の従業員であっても、有給休暇の権利は消滅するまで保持しています。退職日までの間に残っている有給休暇を取得することは、労働者の正当な権利行使です。
退職日までの期間に連続して有給休暇を取得する申し出があった場合、会社は時季変更権を行使できるかどうかが問題となります。判例によれば、退職日以降に時季を変更することは物理的に不可能です。そのため、退職日までの期間の有給休暇取得申し出に対し、会社が時季変更権を行使することは、原則として認められないとされています。
したがって、管理職としては、退職予定の従業員から退職日までの有給休暇一括取得の申し出があった場合、原則としてこれを認める必要がある、と理解してください。重要なのは、トラブルなく円満に退職してもらうために、可能な限り業務の引継ぎや残務処理を計画的に行い、他のメンバーへの負担を軽減するよう努めることです。従業員とよく話し合い、引継ぎ計画を立て、チーム全体で協力して対応することが求められます。
事例5:「午前休や午後休(半日休)を取りたいのですが、どうなりますか?」
質問の背景: 従業員が半日だけ休みを取りたいと考えているが、会社の制度がどうなっているのか、またどのように扱われるのかを知りたいケースです。
管理職の正しい対応:
労働基準法において、有給休暇は「1日単位」で付与されることが原則です。しかし、労働者が希望し、使用者が同意した場合、あるいは労使協定を結んでいる場合には、「半日単位」や「時間単位」での付与も可能です(労働基準法第39条第4項、第6項)。
したがって、従業員から半日単位での有給休暇取得の申し出があった場合、管理職はまず自社に「半日単位年休」や「時間単位年休」の制度があるか、またその運用方法について確認する必要があります。
- 制度がある場合: 就業規則や労使協定に定められた手続きに従って、取得を認めることができます。その際は、半日の定義(午前・午後の区切り時間)や賃金計算方法などを従業員に明確に伝える必要があります。
- 制度がない場合: 原則として半日単位での取得は認められません。その場合は、1日単位での取得となることを従業員に丁寧に説明してください。ただし、例外的に会社が個別に同意して半日休暇を認める運用も不可能ではありませんが、これも公平性の観点から注意が必要です。
時間単位年休については、年5日の範囲内でしか取得できない点など、さらに細かいルールがありますので、制度がある場合はその内容を正確に理解しておくことが重要です。
管理職が注意すべき重要なポイント
従業員からの有給休暇に関する申し出や質問に対応する上で、管理職は以下の点に特に注意が必要です。
- 不利益取扱いの禁止: 労働者が有給休暇を取得したこと、あるいは取得しようとしたことを理由として、解雇、降格、減給、賞与における不利益な評価、その他の不利益な取扱いを行うことは労働基準法第136条で禁止されています。これは「有給ハラ」と呼ばれることもあり、深刻な法的リスクを伴います。
- 記録の正確性: 従業員の有給休暇の付与日数、取得日数、残日数については、労働者ごとに「年次有給休暇管理簿」を作成し、3年間保存する義務があります。管理職自身が直接作成するわけではなくとも、チームメンバーの取得状況を正確に把握し、人事労務部門と連携して記録が適切に行われるように努める責任があります。
- 就業規則との整合性: 有給休暇に関する会社のルールは、就業規則や労使協定に具体的に定められている場合があります。従業員からの質問に対し、これらの規定と矛盾する回答をしたり、規定外の対応をしたりしないよう、自社のルールを正確に理解しておくことが不可欠です。
- 不明点や複雑なケースへの対応: 労働基準法や判例は複雑であり、個別のケースによっては判断に迷うこともあります。安易に自己判断せず、必ず人事労務担当者や必要に応じて社会保険労務士などの専門家に相談し、正確な情報を得て対応することが重要です。
まとめ
従業員からの有給休暇に関する申し出や質問への適切な対応は、単に制度を説明するだけでなく、労働者の権利を尊重しつつ、チームの業務運営とのバランスを取り、さらには法的なリスクを回避するために不可欠です。管理職は、有給休暇に関する基本的な法的原則を理解し、今回ご紹介したような具体的なケースへの対応方法を習得しておくことが求められます。
従業員が安心して有給休暇を取得できる職場環境は、生産性向上や従業員のエンゲージメント向上にも寄与します。「フル有給攻略ガイド」として、管理職の皆様がこれらの知識を実務に活かし、チーム全体の有給休暇取得促進と健全な労務管理を実現できるよう、引き続き正確で実践的な情報を提供してまいります。不明な点や懸念事項があれば、必ず人事労務部門や専門家にご相談ください。