【フル有給攻略】フレックスタイム制と年次有給休暇 管理職・人事担当者が知るべき実務と法的留意点
はじめに
年次有給休暇(以下、有給休暇)の適切な管理は、企業のコンプライアンス遵守、従業員の健康維持、そして生産性向上において不可欠です。特にフレックスタイム制を導入している企業では、通常の労働時間制度とは異なる時間管理が行われるため、有給休暇の取り扱いについて管理職や人事労務担当者が混乱することも少なくありません。
本記事では、フレックスタイム制における有給休暇の付与要件、取得日の労働時間・賃金の考え方、清算期間との関連、そして管理職としてどのように対応すべきかについて、労働基準法の規定に基づきながら、実務上の留意点を解説します。正確な知識を身につけ、従業員がためらいなく有給休暇を取得できる環境整備に役立ててください。
フレックスタイム制における年次有給休暇の基本的な考え方
まず、大前提として、フレックスタイム制が適用される労働者であっても、労働基準法第39条に定める年次有給休暇の付与要件(雇入れの日から6ヶ月継続勤務し、全労働日の8割以上出勤していることなど)を満たせば、他の労働者と同様に有給休暇が付与されます。この付与要件自体は、フレックスタイム制であるか否かで変わりません。
問題となるのは、有給休暇を取得した日の労働時間や賃金の計算、そして清算期間における総労働時間の算出における取り扱いです。フレックスタイム制では日々の労働時間が変動するため、有給休暇取得日の労働時間をどのように評価するかがポイントとなります。
有給休暇取得日の労働時間・賃金の取り扱い
有給休暇を取得した場合に支払われる賃金については、労働基準法第39条第9項(旧第7項)により、以下のいずれかの方法によらなければならないとされています。
- 平均賃金
- 所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金
- 健康保険法第99条に定める標準報酬日額に相当する金額(ただし、労使協定が必要)
フレックスタイム制においては、日々の労働時間が変動するため、「所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金」の計算が課題となります。労働基準法第39条第9項及び労働基準法施行規則第25条において、フレックスタイム制の労働者に関する有給休暇取得日の賃金については、「当該事業場の、通常の労働時間労働した場合における賃金」とされています。
ここでいう「通常の労働時間」とは、所定労働時間制における1日分の労働時間(所定労働時間)に相当する時間と解釈されます。フレックスタイム制の場合、就業規則等において、清算期間における総労働時間の算出の基礎となる「標準となる1日の労働時間」が定められていることが一般的です。有給休暇を取得した日については、原則として、この「標準となる1日の労働時間」労働したものとみなして、その時間分の賃金が支払われるべきと考えられます。
例えば、就業規則で「標準となる1日の労働時間」を8時間と定めている場合、有給休暇を1日取得した労働者には、8時間労働したものとみなした賃金を支払うことになります。
フレックスタイム制下での有給取得と清算期間
フレックスタイム制における有給休暇の取り扱いは、清算期間における総労働時間の計算にも影響します。有給休暇を取得した日は、労働基準法上、労働義務を免除された日ですが、清算期間における総労働時間の計算においては、有給休暇取得日を「労働したものとみなす」取り扱いが一般的です。
具体的には、有給休暇を1日取得した日には、前述の「標準となる1日の労働時間」を労働したものとして、清算期間における総労働時間の計算に含めます。これにより、有給休暇を取得しても、清算期間全体での不足時間が発生しにくくなり、労働者がためらいなく有給休暇を取得しやすくなります。
ただし、この「標準となる1日の労働時間」の設定や、清算期間の総労働時間の計算への反映方法については、就業規則(フレックスタイム制に関する規程)に明確に定めておく必要があります。明確な規定がない場合、後々トラブルに発展する可能性があります。
管理職としての有給取得申請への対応
管理職は、フレックスタイム制の部下からの有給休暇申請に対して、適切に対応する必要があります。
- 時季変更権の行使: 労働基準法第39条第6項に基づき、労働者が請求した時季に有給休暇を与えることが「事業の正常な運営を妨げる場合」には、他の時季に変更させることができます(時季変更権)。フレックスタイム制においてもこの原則は変わりません。しかし、日々の労働時間が柔軟であるため、業務の都合による「正常な運営を妨げる」かどうかの判断が、所定労働時間制の場合よりも難しい場合があります。チーム内の業務分担やプロジェクトの進捗状況を十分に考慮し、合理的な理由に基づいて判断する必要があります。安易な時季変更権の行使はトラブルの元となります。
- コアタイム・フレキシブルタイムとの関係: 有給休暇を取得した日は労働義務がないため、コアタイムの拘束も通常はありません。ただし、終日ではなく半日単位や時間単位で有給休暇を取得した場合、コアタイムやフレキシブルタイムとの関係を就業規則等で明確にしておくことが望ましいです。
- 計画的な取得促進: フレックスタイム制は労働者の裁量が大きい反面、計画的に休息を取らないと長時間労働になりやすい側面もあります。管理職は、部下が計画的に有給休暇を取得できるよう、日頃から声かけを行い、業務の偏りをなくすなどの配慮が必要です。部下が有給取得をためらう背景(業務過多、チームへの遠慮など)を理解し、組織としてサポートする姿勢を示すことが重要です。
法的留意点とトラブル防止策
フレックスタイム制における有給休暇を巡るトラブルを避けるためには、以下の点に留意する必要があります。
- 就業規則への明確な記載:
- フレックスタイム制を適用する労働者の範囲
- 清算期間、総労働時間、標準となる1日の労働時間
- 有給休暇取得日の労働時間・賃金の計算方法(「標準となる1日の労働時間」に基づき算定する旨など)
- 有給休暇取得日を清算期間の総労働時間計算にどのように含めるか
- 計算方法の周知: 有給休暇取得日の賃金計算方法や、清算期間における取り扱いについて、労働者に正確に周知徹底する必要があります。特に「標準となる1日の労働時間」の概念は、労働者にとって分かりにくい場合があるため、丁寧な説明が求められます。
- 労使協定の遵守: フレックスタイム制に関する労使協定の内容を遵守することはもちろん、労基法第39条第9項に基づく労使協定(標準報酬日額等による賃金計算を行う場合)がある場合は、その内容も遵守が必要です。
- 有給休暇管理簿の正確な記録: フレックスタイム制の労働者についても、他の労働者と同様に、有給休暇の取得日数、時季、基準日等を正確に記録した有給休暇管理簿を作成・保存する義務があります。
まとめ
フレックスタイム制は柔軟な働き方を実現する一方で、年次有給休暇の管理においては独特の留意点が存在します。管理職や人事労務担当者は、労働基準法の原則に加え、フレックスタイム制特有の計算方法や清算期間との関連を正しく理解する必要があります。
特に、有給休暇取得日の労働時間・賃金の計算においては、「標準となる1日の労働時間」を基準とする考え方が一般的であり、これを就業規則に明確に規定し、労働者に周知することがトラブル防止の鍵となります。また、管理職は、部下の有給取得申請に対して法に基づいた適切な対応を行うとともに、日頃から計画的な有給取得を推奨し、チーム全体でサポートする体制を構築することが、「フル有給攻略」そして企業の健全な運営に繋がります。
正確な知識と適切な実務対応により、フレックスタイム制下でも労働者が心身をリフレッシュし、高いパフォーマンスを発揮できる環境を整備していきましょう。