フル有給攻略ガイド

【フル有給攻略】育児・介護休業、病気休職中の年次有給休暇 法定要件と管理実務

Tags: 年次有給休暇, 長期休業, 育児休業, 介護休業, 病気休職, 出勤率, 労働基準法, 管理職, 人事労務

はじめに:長期休業と年次有給休暇、管理職の課題

企業の管理職や人事労務担当者の皆様にとって、部下や従業員が育児休業、介護休業、あるいは傷病による長期休職に入る際の対応は、日々の業務において重要な課題の一つです。特に、年次有給休暇(以下、有給休暇)の取り扱いについては、法的な理解が曖昧なまま対応すると、従業員との間で誤解を生んだり、労働基準法違反のリスクを招いたりする可能性があります。

長期休業期間中の有給休暇について、管理職の方々からは「休業中でも有給は付与されるのか」「休業期間中に有給を使うことはできるのか」「復帰後の残日数はどうなるのか」といった疑問が多く寄せられます。これらの疑問に正確に答えるためには、労働基準法に基づいた正しい知識が不可欠です。

本記事では、「フル有給攻略ガイド」のコンセプトに基づき、育児・介護休業や病気休職などの長期休業期間における有給休暇の付与、取得、時効などの取り扱いについて、法的な根拠と実務上の留意点を詳細に解説いたします。管理職として、コンプライアンスを遵守しつつ、従業員が安心して休業し、復帰できる環境を整備するための一助となれば幸いです。

年次有給休暇の付与要件と長期休業

有給休暇は、労働基準法第39条に基づき、労働者が心身の疲労を回復し、ゆとりのある生活を営むことができるように付与されるものです。その付与要件は、以下の2つです。

  1. 雇い入れの日から6ヶ月継続勤務していること
  2. その6ヶ月間の全労働日の8割以上出勤したこと

この要件を満たすことで、最初の10労働日の有給休暇が付与されます。その後は、継続勤務年数に応じて付与日数が段階的に増えていき、付与日から1年間の出勤率が8割以上であれば、次の付与日に所定の日数が付与されます。

ここで重要となるのが「出勤率」の算定です。全労働日に対する出勤日の割合が8割以上であるかどうかが問われますが、長期休業期間中の取り扱いには特別な定めがあります。

長期休業期間中の出勤率算定における扱い

労働基準法では、以下の期間については、労働者の責によらない事由による休業として、出勤率を算定する上では「出勤したものとみなす」と定められています(労働基準法施行規則第21条)。

したがって、育児休業、介護休業、業務上の傷病による休業の期間は、たとえ実態として労働していなくとも、有給休暇の付与要件である出勤率を算定する上では出勤日としてカウントされます。

一方、私傷病による病気休職の期間は、労働基準法施行規則第21条に明記されていません。このため、原則として私傷病休職期間は出勤日として扱われません。ただし、就業規則等で「私傷病休職期間中も出勤したものとみなす」と規定されている場合は、その規定に従うことになります。多くの企業では、福利厚生の観点から私傷病休職期間を出勤扱いとする規定を設けている場合がありますので、自社の就業規則を確認することが重要です。

まとめると、以下のようになります。

この点を正確に理解し、従業員に説明することが、トラブル防止の第一歩となります。

休業期間中の有給休暇の取得可否

年次有給休暇は「労働義務のある日」に労働者がその労働義務を免除される形で取得するものです。育児休業、介護休業、病気休職などの長期休業期間中は、労働契約に基づいて会社に労務を提供する義務自体が免除されている状態です。

したがって、原則として、労働義務が存在しない休業期間中に有給休暇を取得することはできません。これは、最高裁判例(昭和59年4月10日判決、大五企画事件)でも、年次有給休暇は「労働者の労働義務のある所定労働日に、その労働義務を免除し、労働者の請求する時季に休暇を取得させる制度」であるとされており、労働義務のない日には取得できないことが示唆されています。

従業員から「休業期間中に有給を使って給与を補填したい」といった要望が出ることも考えられますが、法的には認められていないことを丁寧に説明する必要があります。

ただし、休業に入る前に未消化の有給休暇がある場合、休業開始日の前日までにその有給休暇を消化することは可能です。また、休業期間中に一時的に職場に復帰する期間がある場合、その期間中に限り有給休暇を取得することは理論上可能です。しかし、長期休業の趣旨から、実務上は休業期間を連続して取得することが一般的であり、一時的な復帰期間中にピンポイントで有給を取得するケースは多くありません。

休業期間中の有給休暇の消滅時効

年次有給休暇の請求権は、労働基準法第115条に基づき、付与された日から2年間で時効により消滅します。この時効の期間は、労働者が育児休業や介護休業、病気休職を取得している期間中であっても、原則として進行します。

例えば、ある年の4月1日に付与された有給休暇は、翌々年の3月31日をもって時効消滅します。この間に育児休業を取得していたとしても、時効期間が中断されたり延長されたりすることはありません。

したがって、長期休業から復帰した従業員が、休業期間中に時効消滅してしまった有給休暇について取得を求めてくる可能性があります。管理職は、有給休暇の時効について正しく理解し、休業期間中も時効が進行することを従業員に説明しておくことが重要です。

休業からの復帰後の年次有給休暇の取り扱い

長期休業から従業員が職場に復帰した場合、以下の点に留意して有給休暇の管理を行う必要があります。

  1. 新たな有給休暇の付与: 休業期間中の出勤率算定上の取り扱いに基づき、復帰後の次の付与日に所定の有給休暇が付与されます。前述の通り、育児・介護休業、業務上の傷病休業期間は出勤扱いとなるため、これらの休業期間を含めて8割以上の出勤率を満たしていれば、通常通り付与されます。私傷病休職の場合で、就業規則で出勤扱いとされていない場合は、休職期間が長くなると出勤率8割を下回り、次回の有給休暇が付与されない可能性もあります。

  2. 未消化の有給休暇の残日数: 休業開始時に残っていた有給休暇の日数は、復帰後も繰り越されます。ただし、休業期間中に時効が到来した日数については、原則として消滅しています。復帰後、従業員に正確な有給休暇残日数を伝える必要があります。労働基準法で義務付けられている年次有給休暇管理簿を適切に作成・管理していれば、正確な残日数を把握できます。

  3. 復帰後の有給休暇消化促進: 長期休業を経て復帰した従業員は、業務への再適応に加え、休業前に取得できなかった有給休暇が残っている場合があります。管理職としては、復帰後の業務スケジュールを考慮しつつ、計画的な有給休暇の取得を促進することが望ましいです。特に、年5日の時季指定義務の対象となる場合は、復帰後の勤務状況に応じて、確実に取得させる必要があります。従業員が有給休暇を取得しやすい雰囲気作りや、業務分担の見直しなども含めて検討することが、「フル有給攻略」ひいてはウェルビーイング向上に繋がります。

管理職が実践すべき対応

長期休業中の有給休暇について、管理職が円滑な運用と従業員サポートのために実践すべきポイントは以下の通りです。

これらの対応を通じて、管理職は法的なリスクを回避し、従業員が安心して休業し、スムーズに職場復帰できる環境を整備する責任を果たすことができます。

まとめ

育児・介護休業や病気休職などの長期休業期間における年次有給休暇の取り扱いは、管理職にとって理解が必須の重要なテーマです。

管理職は、これらの法的なルールを正確に理解し、従業員への丁寧な説明、正確な情報提供、そして復帰後の有給取得促進といった実践的な対応を行うことが求められます。

「フル有給攻略ガイド」では、管理職の皆様が直面する様々な有給休暇に関する課題に対し、法改正や判例を踏まえた実践的な情報を提供してまいります。今後も、コンプライアンス遵守と従業員満足度向上の両立を目指す皆様をサポートいたします。