【管理職向け】傷病休職からの復職者における年次有給休暇の取扱い 法的論点と管理実務
年次有給休暇(以下、有給休暇)の適切な管理は、企業のコンプライアンス遵守において極めて重要です。特に、傷病休職からの復職者に関する有給休暇の取り扱いは、管理職や人事労務担当者にとって判断に迷うケースが少なくありません。休職期間中の有給休暇の扱いや、復職後の付与基準など、正確な知識に基づいた対応が求められます。
本記事では、傷病休職からの復職者における有給休暇について、労働基準法等の法的な観点から解説し、管理職・人事担当者が実務で直面する可能性のある論点や対応策を詳しくご紹介します。
傷病休職期間中の年次有給休暇の付与要件と「出勤率」
有給休暇は、労働基準法第39条に基づき、所定の要件を満たした労働者に対して付与されるものです。その要件の一つに「出勤率」があります。継続勤務期間に応じて、直前の1年間(またはそれ以外の期間)の全労働日の8割以上出勤している必要があります。
傷病休職期間は、原則として労働義務が免除されている期間であり、労働者が労務を提供していない期間となります。この休職期間を「出勤したもの」とみなすか「欠勤したもの」とみなすかは、就業規則等の定めに委ねられます。ただし、労働基準法では、以下のような期間は「出勤したものとみなす」と定められています。
- 業務上の負傷または疾病により療養のために休業した期間(労働基準法第39条第8項第1号)
- 育児休業、介護休業をした期間(労働基準法第39条第8項第2号)
- 産前産後の休業をした期間(労働基準法第39条第8項第3号)
私傷病による休職期間は、上記に該当しません。したがって、就業規則等に特段の定めがない限り、私傷病休職期間は「欠勤」として扱われ、出勤率の算定において不利に働く可能性があります。
例えば、年間の所定労働日数が240日、そのうち120日を私傷病で休職した場合、出勤日は120日となり、出勤率は50%(120日 / 240日)となります。この場合、8割以上の出勤率を満たさないため、原則として次の基準日に有給休暇は付与されません。
ただし、企業によっては、休職期間の一部または全部を出勤したものとみなす旨を就業規則等で定めている場合があります。そのような定めがある場合は、その定めに従って出勤率を計算します。管理職としては、自社の就業規則における休職期間の取り扱いを確認することが重要です。
休職期間中の年次有給休暇の「消滅時効」
有給休暇の請求権は、労働基準法第115条により2年間で時効により消滅します。この時効期間は、有給休暇が付与された日から進行します。傷病休職期間中であっても、原則として有給休暇の消滅時効の進行は停止しません。
例えば、2022年4月1日に付与された有給休暇がある労働者が、2023年5月1日から傷病休職に入った場合、この有給休暇の時効完成日は原則として2024年3月31日となります。休職期間中であっても時効は進行し続けるということです。
ただし、復職が時効完成日直前となる場合や、復職後すぐに有給休暇を取得することが困難な状況も考えられます。このような場合、労働者から時効完成前に有給休暇の取得申請があったにもかかわらず、会社が時季変更権を行使して結果的に時効が完成してしまったようなケースでは、会社が損害賠償責任を問われる可能性もゼロではありません。
重要なのは、労働者が自身の有給休暇の残日数や時効について正確に把握できるよう、有給休暇管理簿を適切に管理し、必要に応じて情報提供を行うことです。特に休職に入る労働者に対しては、休職期間中の有給休暇の取り扱いについて説明を行い、時効消滅する可能性がある旨を伝えておくことが、トラブル防止につながります。
復職後の年次有給休暇の付与基準日
傷病休職から復職した場合、次回の有給休暇の付与基準日がどのように扱われるかが問題となることがあります。原則として、有給休暇の付与基準日は入社日または基準日統一制度を導入している場合は会社が定める統一基準日です。休職期間があったとしても、この基準日が自動的に後ろ倒しになるわけではありません。
例えば、入社日が4月1日で、毎年4月1日に有給休暇が付与される労働者が、2023年5月1日から2024年3月31日まで傷病休職し、2024年4月1日に復職した場合を考えます。次回の付与日は2024年4月1日となります。この付与日における出勤率の計算期間は、原則として2023年4月1日から2024年3月31日となります。前述の通り、私傷病休職期間を欠勤扱いとする場合は、この期間の出勤率が8割未満となり、2024年4月1日には有給休暇が付与されない可能性が高いです。
企業によっては、休職期間が長期間に及んだ場合に、復職日を新たな付与基準日として、そこから1年後に次の有給休暇を付与するという運用を行うことがあります。これは「基準日繰り下げ」と呼ばれる対応です。しかし、労働基準法上、有給休暇の付与は「雇入れの日から起算して」行うことが原則であり、基準日を労働者に不利になるように一方的に変更することは認められません。最高裁判所の判例においても、労働者に有利となる場合や、労働者の同意がある場合等を除き、基準日の繰り下げは認められない傾向にあります。
したがって、原則としては元の基準日に基づいて出勤率を算定し、付与要件を満たせば付与するという対応が法的リスクを回避する上で安全です。もし基準日の繰り下げを検討する場合は、それが労働者にとって不利益にならないか、労働者の同意を得られるかといった点を慎重に判断する必要があります。
管理職・人事担当者が留意すべき実務上のポイント
傷病休職からの復職者に対する有給休暇の管理において、管理職・人事担当者が留意すべき点は多岐にわたります。
- 就業規則の確認: 自社の就業規則における傷病休職期間の取り扱い(特に出勤率算定上の扱い)や有給休暇に関する規定を正確に把握しておくことが基本です。
- 有給休暇管理簿の正確な管理: 労働者ごとの有給休暇の付与日、日数、取得日、残日数、そして時効完成日を正確に記録し、管理する義務があります(労働基準法第39条第7項)。復職者についても、休職期間中の時効進行を意識した管理が求められます。
- 復職者への丁寧な説明: 復職者に対し、休職期間中の有給休暇の取り扱いや、復職後の付与に関する会社のルール、現在の残日数や時効について丁寧に説明を行うことが重要です。不明点や不安を取り除くことで、安心して復職後の勤務に取り組めるようサポートします。
- 取得促進と業務調整: 復職者が体調を整えつつ円滑に業務に戻れるよう、有給休暇の取得を促すことも管理職の重要な役割です。取得希望があった際には、業務への影響を考慮しつつも、可能な限り希望に沿えるよう調整を行います。時季変更権の行使は、事業の正常な運営を妨げる場合に限定される厳格な権利であり、安易な行使はトラブルの原因となります。
- 不利益取扱いの禁止: 労働者が傷病休職したこと、あるいは復職後に有給休暇を取得したことによって、賃金における不利益な取り扱い(例:賞与の査定で不利に扱う)や人事考課での不利益な評価を行うことは、法的に認められません(労働基準法第13条、第39条第9項)。
まとめ
傷病休職からの復職者に関する年次有給休暇の取り扱いは、法的な原則と個別具体的な状況への配慮が必要です。休職期間中の出勤率算定や消滅時効の考え方、そして復職後の基準日に関する適切な対応は、トラブルを回避し、コンプライアンスを遵守する上で不可欠です。
管理職や人事労務担当者は、自社の就業規則と労働基準法に基づいた正確な知識を持ち、復職者とのコミュニケーションを密にすることで、円滑な職場復帰と適切な有給休暇の管理を実現してください。これが、「フル有給攻略ガイド」が目指す、全ての労働者が当然の権利として有給休暇を取得できる環境整備の一助となります。
ご不明な点や個別のケースに関する対応については、必要に応じて弁護士や社会保険労務士等の専門家にご相談されることを推奨いたします。