【管理職向け】解雇予告期間中の年次有給休暇申請 正しい知識と実務対応
解雇予告期間中の年次有給休暇申請、管理職が知るべき法的知識と対応
企業の管理職や人事労務担当者の皆様にとって、従業員からの年次有給休暇(以下、有給休暇)申請への対応は日常的な業務の一部です。しかし、解雇予告期間中という特殊な状況下での有給休暇申請は、通常の対応とは異なる法的論点を含み、慎重な対応が求められます。
この期間は、従業員にとっては次の就職活動や私的な準備のために有給休暇を取得したいというニーズが生じやすく、一方で企業側は業務の引き継ぎや後任者の手配を進めたいという事情があります。こうした状況で発生する有給休暇を巡る問題は、適切な知識と対応がなければ、不要なトラブルに発展するリスクを伴います。
本稿では、「フル有給攻略ガイド」のコンセプトに基づき、解雇予告期間中の有給休暇申請に関する労働基準法の原則、重要な法的論点、そして管理職・人事担当者が取るべき具体的な対応について、法的な根拠を踏まえて解説します。
解雇予告期間と年次有給休暇の基本原則
まず、解雇予告期間と有給休暇の基本的な関係性を確認します。
労働基準法第20条により、使用者は労働者を解雇する場合、原則として少なくとも30日前にその予告をしなければなりません。この「解雇予告期間」は、労働契約が終了するまでの間も、労働契約は有効に存続している期間です。
一方、年次有給休暇は、労働基準法第39条に基づき、一定の要件を満たした労働者に付与される、賃金が保障された休暇です。有給休暇は労働者の権利であり、原則として労働者が請求する時季に与えなければなりません。
解雇予告期間中であっても、労働契約は存続しているため、労働者はこの期間中に残っている有給休暇を取得する権利を有します。これは、解雇予告を受けた労働者であっても、他の在職中の労働者と同様に扱われるべきであるという考え方に基づいています。
解雇予告期間中の有給休暇申請に対する時季変更権の行使可否
解雇予告期間中の有給休暇申請において最も重要な法的論点は、企業側が持つ「時季変更権」を行使できるか否かです。
時季変更権とは、労働者が請求した時季に有給休暇を与えることが「事業の正常な運営を妨げる場合」に限り、他の時季に変更することを請求できる使用者の権利(労働基準法第39条第5項)です。
しかし、解雇予告期間中の有給休暇申請に対して、この時季変更権を行使することは極めて限定的であると解釈されています。その理由は主に以下の通りです。
- 労働契約の終了時期が確定していること: 解雇予告により、労働契約の終了日が確定しています。企業側が時季変更権を行使して有給休暇の取得時季を変更しても、労働契約の終了日以降に有給休暇を与えることは物理的に不可能または無意味となります。時季変更権はあくまで「他の時季に変更すること」を可能にする権利であり、取得自体を不可能にする権利ではありません。
- 「事業の正常な運営を妨げる」と判断されにくい状況: 解雇が決定し、業務の引き継ぎ等が進められている状況は、すでに事業の縮小や再編成といった非日常的な状況であると捉えられる場合があります。このような状況において、残りの有給休暇を消化することのみをもって直ちに「事業の正常な運営を著しく妨げる」と判断されるケースは少ないと考えられます。特に、残日数全てを退職日までに消化しようとする申請であっても、それが直ちに事業運営に回復不能な影響を与えるとは限りません。
- 判例の傾向: この点については過去の判例(例えば、弘前電報電話局事件最高裁判決昭和62年7月10日)でも、「事業の正常な運営を妨げる」かどうかの判断は、代替要員の確保の難易度や業務の性質など、具体的な状況に基づいて厳格に行われるべきとされています。解雇予告期間中の有給申請については、労働契約の終了が目前に迫っているという特殊性から、時季変更権の行使はさらに慎重な判断が求められる傾向にあります。
したがって、管理職・人事担当者は、解雇予告期間中の労働者からの有給休暇申請に対して、安易に時季変更権を行使することは避けるべきです。「引き継ぎが終わっていないから」「後任が決まっていないから」といった理由だけでは、法的に有効な時季変更権の行使とは認められない可能性が高いことを理解しておく必要があります。
有給休暇取得日の賃金支払い
解雇予告期間中に労働者が有給休暇を取得した場合、その日は労働基準法第39条第6項に基づき、所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金、または就業規則等で定められた平均賃金もしくは健康保険法の標準報酬月額に相当する金額を支払う必要があります。有給休暇取得を理由として、賃金を減額したり、欠勤扱いとすることは違法な不利益取扱いとなります。
解雇予告期間中の有給休暇取得日も、通常勤務日と同様に賃金計算が行われることを管理職は正確に理解し、経理部門とも連携しておく必要があります。
管理職・人事担当者の具体的な対応策
では、実際に解雇予告期間中の労働者から有給休暇申請があった場合、管理職・人事担当者はどのように対応すべきでしょうか。
- 申請内容の正確な確認: まず、申請された有給休暇の日数が、その労働者に残っている有給休暇の付与日数を超えていないかを確認します。また、申請されている時季が、解雇予告期間内に収まっているかも確認します。
- 時季変更権行使の可否判断: 前述の通り、解雇予告期間中は時季変更権の行使が極めて困難であることを前提に判断します。「事業の正常な運営を妨げる」か否かの判断は、その労働者の業務内容、代替要員の有無、引き継ぎ状況などを総合的に考慮しますが、裁判例の傾向から、そのハードルは相当高いと認識してください。
- 労働者との丁寧なコミュニケーション: 有給休暇の申請があった場合、まずは労働者の意向を確認し、なぜその時季に取得したいのか、業務の引き継ぎ状況はどうなっているのか等を丁寧に聞き取ります。仮に時季変更をお願いせざるを得ない状況であっても、その理由(法的に正当な理由として認められる可能性が低いとしても)を誠実に伝え、代替案(例:午前中だけ出勤して午後は有給とする、一部を退職後に買い取る※原則不可の例外的なケース)について話し合う姿勢が重要です。ただし、有給休暇の買い取りは労働基準法で認められていないため、原則として行うべきではありません。退職時に未消化有給を買い取る合意は有効と解釈されることもありますが、これはあくまで労働者の権利行使を妨げないための例外的な措置であり、推奨される方法ではありません。
- 業務引き継ぎの調整: 有給休暇の取得が避けられない場合、残りの出勤可能日の中でいかに効率的に業務引き継ぎを行うかを労働者と協力して計画します。必要に応じて、他の従業員への情報共有やマニュアル整備を前倒しで行うなどの対策を講じます。
- 書面での確認: 有給休暇の取得申請、それに対する会社の承認(または困難性の説明と話し合い)、最終的な取得日や残日数など、重要なやり取りは後々の誤解やトラブルを防ぐためにも書面(メール含む)で記録を残すことが望ましいです。
- 不利益取扱いの禁止の徹底: 有給休暇を申請・取得したことを理由に、解雇条件を変更したり、最終的な給与計算で不当な扱いをしたりするなど、労働者にとって不利益となる取扱いは絶対に避けてください。これは労働基準法第136条で明確に禁止されています。
リスク回避のためのポイント
解雇予告期間中の有給休暇を巡るトラブルを回避するためには、以下の点に留意してください。
- 早期の情報共有: 解雇の通知と同時に、残有給日数の確認方法や、この期間中の有給取得に関する会社の基本的な考え方(ただし、法的な原則に基づく範囲内で)を伝えることが望ましいです。
- 就業規則の確認: 有給休暇に関する規程が最新の法改正に対応しているか、解雇期間中の扱いに特段の定め(ただし、法原則に反しない範囲で)があるか等を確認します。
- 人事部門との連携: 管理職一人で判断せず、必ず人事労務担当者と連携し、法的なアドバイスを受けながら対応を進めてください。
- 判例・法解釈の学習: 有給休暇、特に時季変更権に関する重要な判例や行政解釈について、定期的に学習しておくことが、適切な判断を行う上で不可欠です。
まとめ
解雇予告期間中の年次有給休暇申請は、通常の申請とは異なり、企業側の時季変更権の行使が極めて限定されるという重要な法的論点があります。管理職・人事担当者はこの点を深く理解し、安易な申請拒否や時季変更は行わないように注意が必要です。
労働契約が終了間際であっても、労働者の有給休暇を取得する権利は尊重されるべきです。円滑な業務引き継ぎとのバランスを取りながらも、法的なリスクを回避し、労働者との不要な摩擦を生じさせないためには、法的知識に基づいた丁寧なコミュニケーションと誠実な対応が不可欠となります。
「フル有給攻略ガイド」として、管理職の皆様には、こうしたデリケートな状況においても労働基準法を遵守し、公正かつ適切な対応を行うことが求められます。それが結果として、企業のコンプライアンス強化とリスク低減につながるのです。