管理職・人事担当者が知るべき みなし労働時間制における年次有給休暇の実務
はじめに
企業の管理職や人事労務担当者の皆様にとって、部下の年次有給休暇(以下、有給休暇)の適切な管理は、コンプライアンス遵守や生産性向上、そして良好な職場環境の維持のために極めて重要です。特に、通常の労働時間制とは異なるみなし労働時間制が適用される部下の場合、有給休暇の取扱いについて疑問や不安を感じることもあるかもしれません。
みなし労働時間制には、事業場外みなし労働時間制、専門業務型裁量労働制、企画業務型裁量労働制などがあり、それぞれ労働時間の算定方法に特徴があります。これらの制度下で働く従業員が有給休暇を取得した場合、どのように労働時間を計算し、賃金を支払えば良いのか。また、管理上の注意点にはどのようなものがあるのでしょうか。
本記事では、「フル有給攻略ガイド」のコンセプトに基づき、法改正や労働基準法の原則を踏まえつつ、みなし労働時間制における年次有給休暇の正しい実務対応について、管理職・人事担当者の皆様が理解すべきポイントを徹底解説いたします。正確な知識を身につけ、自信を持って有給休暇制度を運用するための実践的な手引きとしてご活用ください。
みなし労働時間制とは? 有給休暇との関係
みなし労働時間制とは、実際の労働時間にかかわらず、あらかじめ定めた時間を労働時間とみなす制度です。労働基準法に定められており、主に以下の種類があります。
- 事業場外みなし労働時間制(労働基準法第38条の2): 事業場外で業務に従事し、使用者の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間の算定が困難な場合に適用されます。
- 専門業務型裁量労働制(労働基準法第38条の3): 弁護士、公認会計士、研究開発など、専門性の高い業務に従事し、業務の遂行手段や時間配分の決定を労働者の裁量に委ねる必要がある場合に適用されます。労使協定の締結が必要です。
- 企画業務型裁量労働制(労働基準法第38条の4): 事業の運営に関する企画、立案、調査及び分析の業務に従事し、業務の遂行手段や時間配分の決定を労働者の裁量に委ねる必要がある場合に適用されます。労使委員会の設置・決議、行政官庁への届出が必要です。
これらの制度は、労働時間の算定方法が特殊であるため、「有給休暇を取得した場合の労働時間はどうなるのか」という疑問が生じがちです。しかし、大前提として、みなし労働時間制が適用される労働者であっても、労働基準法に定められた有給休暇の付与要件や取得に関する権利は、他の労働者と何ら変わりありません。勤続期間や所定労働日数に応じた日数の有給休暇が付与され、労働者は原則として自由に時季を指定して取得できます。
重要なのは、有給休暇を取得した日の「労働時間」をどのように扱うか、そしてその日の賃金をどのように計算するかです。
みなし労働時間制における有給休暇取得日の計算
みなし労働時間制が適用される労働者が有給休暇を取得した場合、その日は実際に労働した時間にかかわらず、あらかじめ労使協定や就業規則、労働契約等で定められた「みなし労働時間」労働したものとして取り扱います。
例えば、事業場外みなし労働時間制で1日8時間労働したものとみなすことになっている労働者が1日有給休暇を取得した場合、その日は8時間労働したものとして取り扱われます。裁量労働制で1日のみなし労働時間が9時間と定められている労働者が有給休暇を取得した場合も同様に9時間労働したものとみなされます。
これは、有給休暇が「労働義務のある日」に労働を免除する代わりに、通常の賃金を保障することで労働者の心身のリフレッシュを図る制度であるためです。みなし労働時間制においても、有給休暇を取得したことにより、労働者が賃金面で不利益を被ることがあってはならないという考え方に基づいています。
したがって、管理職・人事担当者は、みなし労働時間制の対象者について、有給休暇取得日の労働時間は、その制度において適用される1日あたりのみなし労働時間として取り扱うことを正確に理解しておく必要があります。
有給休暇取得日の賃金計算
有給休暇を取得した日の賃金については、労働基準法第39条第9項により、以下のいずれかの方法で支払うこととされています。
- 平均賃金
- 所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金
- 健康保険法に定める標準報酬日額に相当する金額(労使協定がある場合)
みなし労働時間制が適用される労働者の場合、「所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金」を適用することが一般的です。この場合の「所定労働時間」は、みなし労働時間となります。
具体的な計算例:
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月給制の場合: みなし労働時間制が適用される月給制の労働者が有給休暇を取得した場合、通常通り月給が支払われます。有給休暇を取得したことを理由に、日割り計算などで賃金を控除することは認められません。
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日給制・時給制の場合: 日給制や時給制で働くみなし労働時間制の対象者が有給休暇を取得した場合、その日の賃金は、1日のみなし労働時間に対応する賃金を支払うことになります。 例えば、時給1,500円、1日のみなし労働時間が8時間の労働者が有給休暇を取得した場合、1,500円 × 8時間 = 12,000円をその日の有給休暇分の賃金として支払います。
このように、有給休暇取得日の賃金計算においても、みなし労働時間を基準とすることが原則となります。管理職は、部下から有給休暇取得日の賃金について質問があった際に、この原則に基づき正確に説明できるよう準備しておく必要があります。
各みなし労働時間制ごとの留意点
事業場外みなし労働時間制
事業場外みなし労働時間制では、通常、所定労働時間労働したものとみなされますが、業務を遂行するために通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合には、労使協定によりその業務の遂行に通常必要とされる時間を労働時間とみなすことができます(労基法第38条の2第2項)。
この場合、有給休暇を取得した日の労働時間も、その労使協定で定められた「みなし時間」として取り扱います。例えば、所定労働時間は7時間だが、労使協定で通常8時間必要とみなすことになっている場合、有給休暇取得日も8時間労働したものとみなされます。
専門業務型裁量労働制・企画業務型裁量労働制
これらの裁量労働制においても、労使協定または労使委員会決議によって、1日あたり何時間労働したものとみなすか(みなし労働時間)を定めます。有給休暇を取得した日は、この労使協定等で定めた「みなし労働時間」を労働したものとして取り扱います。
例えば、専門業務型裁量労働制で1日のみなし労働時間を9時間と定めている場合、有給休暇を取得した日は9時間労働したものとみなされます。
注意点: 深夜労働・休日労働
裁量労働制の対象者であっても、深夜労働(原則として午後10時から午前5時)や法定休日労働については、通常の労働時間制と同様に割増賃金の支払いが必要です。これは、有給休暇取得日とは直接関係ありませんが、労働時間管理全体に関わる重要な点であり、管理職として把握しておく必要があります。
管理上のポイントと法的リスク回避
みなし労働時間制の対象者の有給休暇管理においては、以下の点に留意し、正確かつ適切に対応することが求められます。
1. 周知義務の徹底
有給休暇の付与日数、取得時季、有給休暇取得日の労働時間・賃金の考え方など、有給休暇制度の基本事項を、みなし労働時間制の対象者を含む全ての労働者に周知する義務があります(労基法第106条)。就業規則への明記や、個別の労働者への通知を通じて、正確な情報が伝わるように努めてください。特に、みなし労働時間制における有給休暇取得日の取扱いについては、誤解が生じやすいため、丁寧に説明することが重要です。
2. 有給休暇管理簿への正確な記載
2019年4月1日より、使用者は全ての労働者について、有給休暇の年次有給休暇管理簿を作成し、3年間保存することが義務付けられています(労基法第39条第5項、第6項)。みなし労働時間制の対象者についても同様です。
管理簿には、以下の事項を記載する必要があります。
- 労働者ごとに、年次有給休暇を付与した日
- 付与日数
- 労働者ごとに、年次有給休暇を取得した日
- 取得日数
- 取得した労働者の氏名
特に、年5日の時季指定義務の対象者である場合は、企業が時季を指定して取得させた有給休暇についても、管理簿に記載する必要があります。みなし労働時間制の対象者もこの義務の対象となり得ます。
3. 適切な声かけと取得促進
「フル有給攻略ガイド」が目指す「100%消化」のためには、管理職の役割が非常に重要です。みなし労働時間制で働く部下の中には、「時間に縛られない働き方だから、有給休暇を取る必要はないのでは」「自分が休むと業務が滞る」などと考えて、有給休暇の取得をためらう者がいるかもしれません。
管理職は、部下の年間付与日数や取得状況を把握し、計画的な取得を促す声かけを行う必要があります。みなし労働時間制の趣旨は、時間配分を労働者の裁量に委ねることで効率的な働き方を実現することであり、有給休暇を取得してリフレッシュすることは、その効率性を維持・向上させるためにも不可欠であることを伝えましょう。
また、有給休暇取得を理由として、みなし時間を超えて労働することを暗黙のうちに期待したり、業務量を不当に増やしたりするなどの不利益な取り扱い(労基法附則第136条)は厳禁です。安心して有給休暇を取得できる職場環境の醸成に努めてください。
4. トラブル回避のための対応
みなし労働時間制における有給休暇に関して生じうるトラブルとしては、以下のようなものが考えられます。
- 有給休暇取得日の労働時間・賃金計算に関する誤解: 上述のように、みなし時間を基準とする旨を丁寧に説明し、就業規則等にも明確に定めておくことが重要です。
- 取得時季に関する使用者による時季変更権の行使: 事業の正常な運営を妨げる場合に限り認められます(労基法第39条第5項)。みなし労働時間制の対象者であっても、この要件は他の労働者と変わりありません。時季変更権の行使は慎重に行う必要があります。
正確な法的知識に基づいた対応と、部下との円滑なコミュニケーションが、トラブルを未然に防ぐ鍵となります。
まとめ
みなし労働時間制が適用される労働者であっても、年次有給休暇に関する基本的な権利は他の労働者と同様です。有給休暇を取得した日は、原則として「みなし労働時間」労働したものとして取り扱われ、その時間に対応する賃金が支払われます。
管理職・人事担当者は、この点を正確に理解し、就業規則等での明確化、労働者への丁寧な周知、そして有給休暇管理簿への正確な記載を行う義務があります。また、みなし労働時間制の柔軟な働き方を尊重しつつも、労働者がためらわずに有給休暇を取得し、心身のリフレッシュを図れるような環境を整備することが、結果としてコンプライアンス遵守と組織全体の生産性向上に繋がります。
みなし労働時間制下の有給休暇管理は、一見複雑に思えるかもしれませんが、労働基準法の原則と各制度の仕組みを理解すれば、適切に対応することが可能です。本記事が、管理職・人事担当者の皆様にとって、フル有給攻略に向けた実践的な一助となれば幸いです。正確な知識をもって、部下の有給休暇取得を積極的にサポートし、誰もが安心して働ける職場環境を目指しましょう。