管理職・人事担当者必見 年5日有給義務化対応 時季指定の実務ガイド
はじめに
2019年4月1日から施行された労働基準法改正により、使用者は、年次有給休暇(以下、有給休暇)が付与された労働者に対し、付与日から1年以内に5日間の有給休暇を確実に取得させることが義務付けられました。これは、長時間労働の是正や多様な働き方の推進を目的とした働き方改革の一環です。
この「年5日の有給休暇時季指定義務」は、企業にとってコンプライアンス遵守上、極めて重要な課題であり、特に現場の管理職や人事労務担当者には、その正確な理解と実践的な対応が求められています。
本記事では、「フル有給攻略ガイド」のコンセプトに基づき、管理職・人事担当者の皆様が直面するであろう疑問や課題に対応するため、年5日の時季指定義務に関する法的なポイントから、円滑な取得を促進するための具体的な実務対応までを徹底的に解説します。
年5日の有給休暇時季指定義務とは
法的な根拠と対象者
年5日の有給休暇時季指定義務は、労働基準法第39条第7項に定められています。
この義務の対象となるのは、以下の条件を満たす労働者です。
- 法定の有給休暇が10日以上付与される労働者
- 正社員、契約社員、パートタイム労働者など、雇用形態にかかわらず適用されます。
具体的には、入社日から6ヶ月経過し、所定労働日の8割以上出勤している正社員など、最初に10日以上の有給休暇が付与される労働者が、義務化の対象者となります。また、パートタイム労働者であっても、所定労働日数に応じて比例付与される有給休暇が年10日以上となる場合は対象となります。
使用者の義務内容
使用者は、対象となる労働者に対し、有給休暇を付与した日(基準日)から1年以内に、労働者ごとの時季を指定して、年5日間の有給休暇を取得させなければなりません。
すでに労働者が自らの請求や計画的付与制度によって5日以上の有給休暇を取得している場合は、使用者による時季指定は不要です。5日に満たない場合は、その不足分について使用者が時季指定を行う義務があります。
時季指定にあたっては、原則として、あらかじめ労働者の意見を聴取し、その意見を尊重するよう努めなければなりません。また、事業の正常な運営を妨げる場合は時季変更権を行使できますが、これは労働者からの時季指定請求に対するものであり、使用者からの時季指定に対して労働者が拒否した場合に当然に行使できるものではありません。時季指定は使用者の「義務」であり、労働者の意見聴取・尊重を経て、最終的には使用者が決定します。
管理職・人事担当者が取り組むべき実務対応
年5日の時季指定義務を遵守し、かつ労働者が円滑に有給休暇を取得できるよう、管理職・人事担当者は以下の実務を行う必要があります。
1. 対象者の正確な把握と管理リストの作成
まず、誰が年5日義務化の対象者であるかを正確に把握することが不可欠です。有給休暇の付与日数や基準日は労働者によって異なります。
- 対象者リストの作成: 労働者名、基準日、その基準日に付与された有給休暇日数、過去1年間に取得した有給休暇日数などを一覧できる管理リストを作成します。人事システムを活用するか、スプレッドシートなどで管理します。
- 基準日の確認: 各労働者の基準日(最初に10日以上の有給休暇が付与された日、またはそれ以降の付与日)を確認します。
2. 労働者の取得状況の定期的な確認と声かけ
基準日から1年以内に対象者が5日の有給休暇を取得できているか、定期的に進捗を確認します。
- 進捗確認: 管理リストを活用し、例えば3ヶ月ごと、半年ごとなど、定期的に取得状況を確認します。
- 対象者への声かけ: 基準日から半年経過時点で5日取得できていない労働者や、取得ペースが遅い労働者に対して、個別に声かけを行います。取得を促すとともに、業務調整の必要性などをヒアリングします。「〇〇さん、基準日から半年経ちましたが、有給休暇の取得状況はいかがですか。そろそろどこかでまとめて取得されるご予定はありますか」といった形で、取得をサポートする姿勢を示します。
3. 計画的付与制度の導入検討と併用
計画的付与制度は、労使協定に基づき、使用者があらかじめ年次有給休暇を与える時季に関する定めをする制度です。この制度によって取得させた有給休暇は、年5日の時季指定義務から控除することができます(ただし、対象となるのは5日を超える部分であり、労働者が自由に使える5日は残しておく必要があります)。
- 労使協定の締結: 計画的付与制度を導入する場合は、就業規則に規定を設け、労使協定を締結する必要があります。
- 活用方法: 全社一斉休業、部署ごとの交替制取得、個人ごとの取得計画表作成など、様々な方法があります。業務への影響を最小限に抑えつつ、確実に有給休暇を取得させる有効な手段となり得ます。
4. 業務調整・カバー体制の構築支援
管理職は、部下が安心して有給休暇を取得できるよう、日頃からチーム内の業務分担やカバー体制について検討しておく必要があります。
- 業務の可視化: 誰がどの業務を担当しているかを明確にし、特定の個人に業務が集中しないように平準化を図ります。
- スキルマップ作成: 誰がどの業務を代替できるかを把握し、属人化を防ぎます。
- 情報共有: 業務に必要な情報や資料がチーム内で共有されている状態を維持します。
- 事前調整: 労働者が有給休暇を申請・取得する際は、事前に業務の引き継ぎや連絡体制を確認します。
5. 労働者の意見聴取と時季指定の手順
労働者が自ら5日取得できない場合、使用者による時季指定が必要となります。
- 意見聴取: 時季を指定する前に、労働者本人の希望を丁寧にヒアリングします。「まだ5日取得できていませんが、いつ頃取得したいご希望はありますか」など、労働者の意見を尊重する姿勢で臨みます。
- 時季指定: 意見を聴取・尊重した上で、必要であれば使用者が時季を指定します。この際、指定する日を労働者に通知する必要があります。労働者が意見を述べない、あるいは合理的な理由なく取得を拒否するなどの場合でも、使用者は時季指定の義務を免れません。使用者は、労働者の意見聴取を尽くした上で、最終的に時季を指定する手続きを進めます。
- 時季変更権との関係: 使用者の時季指定に対して労働者が同意しない場合でも、原則として使用者はその時季を指定する義務があります。時季変更権は労働者の時季指定請求に対して行使されるものであり、使用者の時季指定義務とは文脈が異なります。ただし、指定した時季に業務の正常な運営を妨げるような特別な事情が発生した場合には、再度労働者の意見を聴取し、別の時季を指定し直す必要が生じます。
6. 適切な記録と保管
誰が、いつ、何日有給休暇を取得したか、特に使用者による時季指定を行った場合はその記録を適切に残しておくことが重要です。
- 取得実績の記録: 各労働者の有給休暇取得日数を正確に記録します。
- 時季指定の記録: 使用者が時季指定を行った場合は、その対象者、指定した時季、意見聴取の内容、通知日などを記録しておきます。これらの記録は、万が一、労働基準監督署の調査が入った際などに、法定義務を履行していることの証明となります。
年5日義務化に違反した場合のリスク
年5日の有給休暇時季指定義務に違反した場合、労働基準法第120条に基づき、使用者は30万円以下の罰金が科される可能性があります。これは労働者1人あたりの違反に対して適用されるため、対象者が多い企業では罰金の総額が大きくなるリスクがあります。
罰則以外にも、従業員のワークライフバランス軽視と捉えられ、エンゲージメント低下や離職につながるリスク、企業の評判低下(レピュテーションリスク)など、様々な影響が考えられます。
円滑な有給休暇取得促進のための組織文化
年5日の時季指定義務は、単に法的な義務を果たすだけでなく、企業文化として有給休暇を取得しやすい雰囲気を作ることも重要です。
- 管理職の意識改革: 管理職自身が率先して有給休暇を取得する姿勢を見せたり、部下に対して積極的に取得を推奨したりすることが、チーム全体の意識向上につながります。
- オープンなコミュニケーション: チーム内で有給休暇の取得予定を共有し、お互いをサポートする文化を醸成します。
- 経営層のコミットメント: 経営層が有給休暇取得促進の重要性を発信し、全社的に取り組む姿勢を示すことが重要です。
まとめ
年5日の有給休暇時季指定義務は、全ての対象労働者に対して確実に5日間の有給休暇を取得させるという、使用者にとって重要な責務です。管理職・人事担当者は、この義務を正確に理解し、対象者の把握、取得状況の確認、声かけ、時季指定の手順、そして業務調整や記録管理といった具体的な実務を着実に実行していく必要があります。
単なる法的な義務遵守に留まらず、労働者が心身のリフレッシュを図り、生産性高く働くための重要な機会として、有給休暇取得を前向きに捉え、組織全体で円滑な取得を促進していくことが、「フル有給攻略ガイド」が目指す100%消化、そしてより良い働き方の実現につながります。本記事が、皆様の実務の一助となれば幸いです。