管理職・人事担当者が知るべき 年次有給休暇付与要件「出勤率」の正しい計算と法的留意点
はじめに
年次有給休暇(以下、有給休暇)は、労働者の心身のリフレッシュを図り、ゆとりのある生活を保障するために労働基準法(以下、労基法)で定められた重要な権利です。管理職や人事労務担当者の皆様にとって、部下や従業員に適切に有給休暇を付与することは、法令遵守はもとより、従業員のエンゲージメントを高め、健全な職場環境を維持するために不可欠な業務といえます。
有給休暇の付与にあたっては、「雇入れの日から6ヶ月以上継続勤務していること」と「全労働日の8割以上出勤していること」という二つの要件を満たす必要があります。特に「全労働日の8割以上出勤」という要件(出勤率)の計算は、その対象期間や「出勤日」とみなされる日の範囲が労基法や関連通達で定められており、実務においては正確な理解と計算が求められます。
本記事では、「フル有給攻略ガイド」のコンセプトに基づき、法的な根拠を踏まえつつ、管理職や人事担当者の皆様が直面する可能性のある疑問や課題に対応できるよう、有給休暇付与における出勤率の正しい計算方法、計算期間、算定上の具体的な留意点について詳しく解説します。正確な知識を身につけ、自信を持って従業員の有給休暇管理を行えるようにしましょう。
年次有給休暇付与の基本要件と出勤率
労働基準法第39条により、労働者に対し、以下の二つの要件を満たす場合に、勤続期間に応じた日数の有給休暇が付与されます。
- 雇入れの日から6ヶ月以上継続勤務していること
- 全労働日の8割以上出勤したこと
最初の付与は、雇入れの日から6ヶ月経過した時点で行われます。その後は、最初の付与日から1年ごとに、その1年間の勤務期間における出勤率が8割以上であれば、次年度の有給休暇が付与されます。この「1年ごと」の区切りを「基準日」と呼びます。
本記事では、この二つ目の要件である「全労働日の8割以上出勤」に焦点を当てて解説します。
出勤率計算の対象期間と起算日
出勤率を計算するための対象期間は、原則として以下の通りです。
- 最初の付与(雇入れから6ヶ月後)の場合: 雇入れの日から6ヶ月間
- 2回目以降の付与(基準日以後1年ごと)の場合: 前回の有給休暇付与の基準日から1年間
例えば、2024年4月1日に雇入れられた労働者の場合:
- 最初の有給休暇付与日: 2024年10月1日
- 計算対象期間: 2024年4月1日から2024年9月30日までの6ヶ月間
- 2回目の有給休暇付与日: 2025年10月1日(基準日)
- 計算対象期間: 2024年10月1日から2025年9月30日までの1年間
- 3回目の有給休暇付与日: 2026年10月1日(基準日)
- 計算対象期間: 2025年10月1日から2026年9月30日までの1年間 ...以降同様に1年ごとに計算
多くの企業では、従業員ごとの基準日管理の煩雑さを避けるため、全従業員の基準日を特定の日に統一する「基準日統一」を行っています。基準日を統一した場合でも、最初の6ヶ月の出勤率計算期間は雇入れの日から6ヶ月間となります。2回目以降の計算期間は、統一された基準日から次の基準日までの1年間となりますが、勤続期間が短い労働者については、最初の6ヶ月間から最初の統一基準日までの期間、または最初の統一基準日から次の統一基準日までの期間など、実務上の調整が必要となる場合があります。この調整によって、法定の付与日数を下回ることがあってはなりません。
「出勤日」にカウントされる日・されない日
出勤率を計算する上での「出勤日」とは、「全労働日」のうち、労働者が実際に労働義務を履行した日を指します。しかし、労基法上、出勤したものとみなされる日が定められています。これは、労働者の責めに帰すべからざる事由や、法的に保護されるべき期間について、不利な扱いを受けないようにするための規定です。管理職としては、特にこれらの「みなし出勤日」を正確に理解しておく必要があります。
出勤日としてカウントされる日(または出勤したものとみなされる日):
- 実際に労働した日: 所定労働日に実際に労働を行った日です。遅刻や早退があった場合でも、所定労働日に出勤していれば原則として1日としてカウントされます(ただし、就業規則等で一定時間の遅刻・早退を複数回で1日の欠勤とみなす規定を設けることは可能ですが、その場合でも最終的に8割出勤となるように調整する必要があります。ただし、このような規定は労基法違反となるリスクがあるため慎重な対応が必要です)。
- 年次有給休暇を取得した日: 労基法第39条第7項により、「年次有給休暇を取得した日については、賃金の減額その他不利益な取扱いをしないようにしなければならない」とされており、出勤率の計算においても出勤したものとみなす必要があります。
- 業務上の負傷・疾病による療養のために休業した期間: 労基法第39条第7項により、出勤したものとみなされます。これは労働者災害補償保険の対象となる休業期間です。
- 産前産後休業の期間: 労基法第39条第7項により、出勤したものとみなされます。
- 育児休業・介護休業の期間: 育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(育児・介護休業法)第6条第6項及び第13条第2項において、これらの休業期間は出勤したものとみなすと定められています。
- 会社の責めに帰すべき事由による休業期間: 労基法第26条に基づく休業手当の支払いが必要な期間であり、労働者の都合ではなく会社都合で休業した場合、出勤したものとみなす必要があります。
- 正当な争議行為により労働しなかった日: 労働者が正当な争議行為に参加し、労務の提供がされなかった日も、出勤率の計算においては出勤したものとして取り扱うのが一般的です。
出勤日としてカウントされない日(原則として欠勤扱いとなる日):
- 労働者の自己都合による欠勤日: 所定労働日に労働者が自己都合で休んだ日です。
- 私傷病による休職期間: 業務外の病気や怪我による休職期間は、原則として「欠勤日」または「全労働日に含まれない日」として扱われます。ただし、会社規定で、一定期間の私傷病休職を出勤扱いとする、あるいは計算期間から除外するといった、労基法を上回る手厚い定めがある場合はそれに従います。
- 法定外休暇(特別休暇): 慶弔休暇、リフレッシュ休暇、病気休暇(法定のものではない場合)などの法定外休暇の扱いは、会社の就業規則や労使協定によります。これらの休暇について「出勤したものとみなす」と規定されていればその通りに扱いますが、規定がなければ欠勤扱いとなるのが原則です。ただし、出勤率計算において不利にならないよう「出勤したものとみなす」と定める企業が多いのが実情です。
出勤率の具体的な計算方法
出勤率は、以下の計算式で求められます。
出勤率 = (計算対象期間中の出勤日数の合計) ÷ (計算対象期間中の全労働日の合計) × 100 (%)
ここでいう「全労働日」とは、就業規則その他で定められた所定労働日を指します。会社全体の所定労働日だけでなく、パートタイム労働者など個々の労働者ごとに労働日数が異なる場合は、その個々の労働者の所定労働日数を基準とします。
計算例:
- 計算対象期間: 6ヶ月間
- この労働者の所定労働日(全労働日): 120日
- この労働者の出勤日(みなし出勤日を含む): 100日
出勤率 = 100日 ÷ 120日 × 100 ≒ 83.3%
この例の場合、出勤率は8割(80%)以上であるため、有給休暇が付与されます。
具体的な算定上の注意点:
- 全労働日のカウント: 休日(法定休日、所定休日)は全労働日には含まれません。ただし、休日労働させた場合は、その日は労働日としてカウントされます。
- 遅刻・早退: 所定労働日の一部を労働した場合でも、原則としてその日は出勤日として1日とカウントします。ただし、頻繁な遅刻・早退に対しては、労務管理上の指導や別途の対応を検討する必要があります。
- 私傷病休職の扱い: 前述の通り、法定では私傷病休職期間は原則として出勤日には含まれません。しかし、就業規則等で有利な定めがあるか確認が必要です。また、休職期間が長期にわたる場合、その期間を出勤率計算期間から除外する、あるいは計算期間を繰り下げるといった対応も考えられますが、これも就業規則の定めによります。
- 期間の途中で労働条件が変更された場合: 例えば、週5日勤務から週3日勤務に変更された場合、それぞれの期間における所定労働日数と出勤日数を分けて計算し、合算して出勤率を算定する必要があります。
出勤率計算における実務上の注意点と法的リスク
出勤率の計算は、単なる数字遊びではなく、従業員の有給休暇の権利に関わる重要な実務です。計算を誤ると、過少付与による労基法違反のリスク、あるいは過剰付与による不公平感や管理コスト増大のリスクが発生します。
- 正確な労働日・出勤日の把握: タイムカードや勤怠管理システムの記録を正確に管理し、所定労働日、実際の出勤日、みなし出勤日となる休業期間などを正確に把握することが大前提です。
- みなし出勤日の漏れ: 特に育児休業や介護休業、業務上の負傷・疾病による休業期間は、出勤したものとみなすことを忘れがちです。これらの期間が含まれているか、正確に確認する必要があります。
- 労基法を下回る規定の無効: たとえ就業規則や労働協約に記載されていても、労基法が定める「みなし出勤日」を出勤として扱わない規定は無効となります。例えば、「有給休暇取得日を出勤率計算から除外する」といった規定は認められません。
- 計算期間の正確性: 基準日や計算期間の起算日、終期を間違えないように注意が必要です。特に中途入社者の最初の6ヶ月間や、基準日統一を行った場合の取り扱いは、自社の就業規則や規定を確認し、正確に適用する必要があります。
- 管理簿への正確な記載: 労働者ごとに有給休暇管理簿を作成・管理する義務があります(労基法第39条)。出勤率の計算結果や付与日数、取得状況などを正確に記載することで、トラブル発生時の証拠となり、適切な管理にも役立ちます。
管理職として取るべき対応
管理職として、部下の有給休暇取得促進は重要な役割ですが、その前提として、部下に正しく有給休暇が付与されているかを確認することも重要です。
- 自身の知識習得: 本記事で解説した出勤率計算の基本やみなし出勤日の範囲について、正確な知識を習得してください。部下からの質問に即座に正確に答えられるよう、また、人事部門からの情報提供を正しく理解できるよう努めましょう。
- 人事部門との連携強化: 複雑なケースや判断に迷う場合は、必ず人事労務担当部署に確認してください。自部署で独自に判断せず、会社全体として統一された正確な対応を行うことが重要です。
- 部下への説明責任: 部下から自身の有給休暇付与日数や計算について質問があった場合、根拠に基づいて説明できるよう準備しておきましょう。正確な情報提供は部下の信頼を得る上で重要です。
- 勤怠管理の正確性の確保: 部署内の部下の勤怠管理(特に休業や休暇の種別)が正確に行われているか確認してください。これが正確な出勤率計算の基礎となります。
- コンプライアンス意識の徹底: 労働基準法に基づく有給休暇の付与は企業の義務です。出勤率計算の正確性を確保することは、この義務を果たすための基本であり、管理職としてコンプライアンスを遵守する強い意識を持つことが求められます。
まとめ
年次有給休暇の付与における出勤率の計算は、一見シンプルに見えて、その対象期間や「出勤日」とみなされる範囲において、労働基準法や関連通達、そして自社の就業規則の理解が不可欠な実務です。特に、業務上の負傷・疾病による休業、産前産後休業、育児・介護休業期間、そして有給休暇の取得日を「出勤したものとみなす」という法的定めは、管理職や人事担当者が正確に記憶しておくべき重要なポイントです。
正確な出勤率計算に基づき、全ての従業員に法定通りの有給休暇が適切に付与されることは、「フル有給攻略ガイド」が目指す「有給休暇100%消化」の実現に向けた最初のステップとなります。誤った計算は、従業員の権利侵害や労使間のトラブルの原因となり得ます。
管理職の皆様におかれましては、本記事で解説した内容を参考に、改めて自部署の勤怠管理や有給休暇付与の状況をご確認いただければ幸いです。不明な点は速やかに人事部門に確認し、法令に基づいた正確な対応を徹底することで、すべての従業員が安心して有給休暇を取得できる環境づくりに貢献してくださいますようお願いいたします。