【フル有給攻略】年5日有給義務化 時季指定の通知方法と記録義務 管理職・人事担当者が知るべき実務と法的要件
はじめに
2019年4月1日に施行された改正労働基準法により、企業は労働者に対して年5日の年次有給休暇(以下、有給休暇)を確実に取得させることが義務付けられました。この義務を果たすためには、労働者による自発的な取得だけでなく、企業側、特に管理職や人事労務担当者が主体的に関与する必要があります。
中でも重要なのが、労働者からの時季指定がない場合などに使用者が行う「時季指定」の実務です。しかし、「どのように従業員に伝えればよいか」「どのような記録が必要か」「法的な要件は何か」といった点で、多くの管理職や人事担当者が戸惑うことがあります。
この記事では、「フル有給攻略ガイド」のコンセプトに基づき、年5日有給義務化における使用者による時季指定の通知方法、記録義務、そして関連する法的要件について、管理職や人事担当者の皆様が実務で迷わないための具体的な解説を提供します。法改正や労働基準法の規定を踏まえ、コンプライアンス遵守とスムーズな制度運用を両立させるためのポイントを理解していただけます。
年5日有給義務化の概要と使用者の時季指定義務
年5日有給休暇の取得義務化は、年次有給休暇が付与される労働者のうち、年10日以上の有給休暇が付与される全ての方が対象となります。企業は、基準日から1年以内に、この対象者に対して年5日分の有給休暇を取得させなければなりません。
この義務を履行する方法は主に以下の3つです。
- 労働者自身による時季指定での取得: 労働者が自ら取得したい日を指定して申請し、取得します。
- 計画的付与制度による取得: 労使協定に基づき、あらかじめ決めた日に有給休暇を取得させます。
- 使用者による時季指定での取得: 労働者自身による時季指定や計画的付与により年5日取得できていない労働者に対し、使用者が労働者の意見を聴取し、その意見を尊重した上で、取得時季を指定して有給休暇を取得させます。
特に重要なのが、この3つ目の「使用者による時季指定」です。基準日から1年以内に労働者が5日取得できていない場合、企業(使用者)は不足日数分について時季を指定して取得させなければなりません。これは労働基準法第39条第7項に定められた使用者の義務です。この義務に違反した場合、労働者1人につき30万円以下の罰金が科される可能性があります(労働基準法第120条)。
使用者による時季指定の具体的な通知方法
使用者による時季指定は、単に一方的に取得日を言い渡せば良いというものではありません。労働基準法第39条第7項は、使用者が時季指定を行うにあたり、労働者の意見を聴取し、その意見を尊重することを義務付けています。
通知に先立つ意見聴取
時季指定を行う前に、対象となる労働者に対し、有給休暇を取得したい時期や希望する取得日などについて意見を聴取する必要があります。この意見聴取は、労働者のライフスタイルや業務の状況を考慮し、できる限り労働者の希望に沿った時季に取得させるための重要なプロセスです。
意見聴取の方法に法律上の定めはありませんが、口頭、面談、書面、電子メール、社内システムへの入力など、どのような方法で行っても構いません。重要なのは、労働者から実際に意見を聴取し、その内容を把握することです。
時季指定の通知方法と内容
労働者からの意見を聴取した上で、取得させる時季を決定したら、労働者に対してその旨を通知します。通知の方法についても法律上の厳格な定めはありませんが、労働者に確実に伝わり、後々確認できるような方法が望ましいです。
- 通知方法の例:
- 書面での交付
- 電子メールでの送信
- 社内システム上での通知
- 面談での口頭伝達(ただし、後述の記録義務のために内容を控える必要あり)
実務上は、書面や電子メール、社内システムなど、通知した事実や内容が記録として残る方法が推奨されます。口頭のみの場合、後で「聞いていない」といったトラブルになるリスクがあるためです。
- 通知すべき内容:
- 年次有給休暇を取得させる労働者の氏名
- 付与された年次有給休暇の日数(基準日)
- 既に取得済みの年次有給休暇の日数
- 今回時季指定により取得させる日数(不足日数)
- 実際に取得させる具体的な時季(日付)
- 時季指定を行う根拠(労働基準法第39条第7項)
- その他、労働者が有給休暇を取得する上で必要な情報
これらの内容を明確に伝えることで、労働者の理解を得やすくなり、トラブルを未然に防ぐことにつながります。
時季変更権の行使
労働者が時季指定された時季に取得することが「事業の正常な運営を妨げる場合」に限り、使用者はその時季を変更させることができます。ただし、これは労働者自身が時季指定した場合と同様に、厳格に判断されるべきであり、安易な時季変更権の行使は認められません。使用者による時季指定の場合でも、労働者の意見を十分に尊重し、やむを得ない場合に限定されるべきです。
年5日有給義務化における記録義務
年5日有給休暇の取得義務化を履行していることを明らかにし、また労働者の有給休暇取得状況を適切に管理するため、企業には記録義務が課されています。
年次有給休暇管理簿への記載
労働基準法第39条第8項および労働基準法施行規則第24条の7により、使用者は労働者ごとに「年次有給休暇管理簿」を作成し、以下の事項を記載しなければなりません。
- 労働者の氏名
- 基準日(有給休暇を付与した日)
- 付与日数
- 取得年月日
- 取得日数
- 労働者が時季指定した場合はその旨
- 使用者が時季指定した場合はその旨
- 計画的付与に関する事項
- 賃金計算期間(時間単位年休の場合)
時季指定を行った際の記録
使用者による時季指定を行った場合、年次有給休暇管理簿の「使用者が時季指定した場合はその旨」の欄に、指定した日付や日数、労働者の意見を聴取した結果などを具体的に記載することが推奨されます。これにより、適切に時季指定義務を果たしたことの証拠となり、監督署の調査や労働者との間のトラブル発生時に対応できます。
記録すべき推奨事項:
- 意見聴取を行った日付、方法、内容(労働者の希望した時季など)
- 時季指定を行った日付、方法
- 指定した具体的な取得時季(日付)
- 指定した日数
これらの記録は、単に義務だから行うだけでなく、管理職がチーム全体の有給休暇取得状況を把握し、業務計画に反映させる上でも非常に有効です。
記録の形式と保存期間
年次有給休暇管理簿は、法定の記載事項を満たしていれば、どのような形式(紙、電子データ)で作成しても構いません。また、他の書類(賃金台帳や出勤簿など)と一体的に作成することも可能です。
記録の保存期間は、労働基準法第109条により、記載を完了した日から5年間(当分の間は3年間)と定められています。この期間、いつでも確認できるように保管しておく必要があります。
管理職・人事担当者が注意すべき実務ポイント
1. 対象者の把握と早期からの声かけ
年10日以上の有給休暇が付与される対象者を正確に把握し、基準日から早い段階で、まだ5日取得できていない労働者に対して取得を促す声かけを行いましょう。年末になって慌てて時季指定を行うことのないよう、計画的な取得を支援することが重要です。
2. 意見聴取の丁寧な実施
時季指定は労働者の生活に影響を与えるため、形式的な意見聴取ではなく、労働者の業務状況やプライベートの予定などを丁寧にヒアリングし、可能な限り希望を反映させるように努めてください。これにより、労働者の納得感を得られやすくなり、モチベーション維持にもつながります。
3. 通知と記録の徹底
時季指定を行った際は、通知内容を明確にし、通知した証拠(書面、メールの控えなど)を残してください。そして、年次有給休暇管理簿に漏れなく正確に記録することを徹底してください。これにより、法的なリスクを回避できます。システム化による管理も有効です。
4. 不利益取扱いの防止
時季指定による有給休暇取得や、有給休暇を取得した労働者に対して、賃金の減額や不利益な配置転換などの不利益な取扱いを行うことは、労働基準法第136条により禁止されています。管理職として、このような不適切な取扱いがないよう十分に注意し、部下にも周知徹底してください。
まとめ
年5日有給休暇の取得義務化における使用者による時季指定と記録義務は、企業のコンプライアンス遵守のために不可欠な実務です。管理職や人事労務担当者の皆様は、労働者の意見を十分に聴取・尊重した上で時季指定を行い、その過程と結果を年次有給休暇管理簿に適切に記録・保管する必要があります。
これらの対応を正確に行うことは、法的なリスクを回避するだけでなく、労働者が安心して有給休暇を取得できる環境を整備し、結果として組織全体の生産性向上や働きがい向上にもつながります。ぜひ、この記事で解説したポイントを日々の有給休暇管理実務にお役立ていただき、「フル有給攻略」を目指してください。