年次有給休暇取得時の賃金計算 管理職が知るべき労働基準法の原則
年次有給休暇取得時の賃金計算 管理職が知るべき労働基準法の原則
企業の管理職や人事労務担当者の皆様は、部下からの年次有給休暇(以下、有給休暇)取得申請に対し、円滑な業務運営を維持しつつ、法的に正しく対応する責務を担っています。特に、有給休暇中の賃金計算は、従業員の給与に関わる重要な部分であり、正確な知識と適正な運用が求められます。
労働基準法は、有給休暇を取得した労働日について、通常勤務した場合と同様の賃金を支払うことを原則としています。しかし、その「通常勤務した場合と同様の賃金」の計算方法については、複数の選択肢が認められています。この点を正確に理解せず運用を誤ると、法違反となるリスクや従業員との不要なトラブルを招く可能性があります。
本稿では、「フル有給攻略ガイド」のコンセプトに基づき、管理職や人事労務担当者の皆様が、労働基準法に則った有給休暇中の賃金計算方法を理解し、適切に運用するための基礎知識と実務上の注意点を解説いたします。
労働基準法が定める有給休暇中の賃金計算方法
労働基準法第39条第7項は、有給休暇中の賃金について、以下のいずれかの方法によるべきと定めています。企業は、就業規則等において、これらのうちいずれかの方法を定めておく必要があります。
- 平均賃金
- 所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金
- 労使協定により、健康保険法の標準報酬日額に相当する金額
これらの計算方法は、それぞれ特徴と管理上の留意点があります。以下で詳細を確認しましょう。
1. 平均賃金による計算
計算方法
労働基準法第12条に定める平均賃金は、原則として、事由発生日(有給休暇を取得した日)以前3ヶ月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額を、その期間の総日数(暦日数)で除した金額です。ただし、賃金が日給、時間給、出来高払制等の場合は、最低保障額(総賃金÷労働日数×60%)と比較して高い方が平均賃金となります。
管理上の留意点
- 給与計算期間や賃金形態によって計算が複雑になる場合があります。
- 過去3ヶ月間の賃金によって金額が変動するため、取得日ごとに計算が必要となる可能性があります。
- 残業時間や休日出勤の頻度などによって、有給休暇中の賃金が通常勤務日よりも高くなることも、低くなることもあり得ます。
メリット・デメリット
- メリット: 法令で定められた基本的な賃金計算ルールの一つであり、広く利用されています。
- デメリット: 計算が煩雑になることがあり、特に複数の有給休暇が連続する場合や、日によって労働時間や賃金が変動する労働者については、正確な計算に手間がかかる可能性があります。
2. 所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金による計算
計算方法
この方法は、文字通り、労働者がその日(有給休暇を取得した日)に所定労働時間勤務した場合に支払われるはずであった通常の賃金を支払う方法です。月給制の労働者であれば、月の所定労働日数で月給を割った金額などがこれに該当します。日給制、時間給制の場合は、日給額や時間給×所定労働時間数が通常の賃金となります。
管理上の留意点
- 固定給制の労働者にとっては、最も計算がシンプルで分かりやすい方法です。
- 就業規則等で具体的な計算式を明確に定めておくことが重要です。
- 歩合給や手当など、変動する賃金要素の取り扱いについても定めておく必要があります。一般的には、固定的な手当を含めた「所定労働時間労働した場合に通常支払われる」金額と解されます。
メリット・デメリット
- メリット: 計算が比較的容易であり、従業員にとっても金額が予測しやすいという利点があります。管理職としても、部下への説明がしやすい方法です。
- デメリット: 厳密な「平均賃金」とは異なる場合があり、例えば残業が多い労働者にとっては、有給休暇を取得した日の賃金が通常勤務日より低くなる可能性があります。
3. 労使協定による標準報酬日額相当額での計算
計算方法
健康保険法に定める標準報酬月額を基にした標準報酬日額に相当する金額を支払う方法です。この方法は、労働者の過半数で組織する労働組合または労働者の過半数を代表する者との書面による協定(労使協定)がある場合にのみ選択できます。
管理上の留意点
- 事前に有効な労使協定を締結し、その内容を就業規則等に反映させておく必要があります。
- 健康保険の標準報酬月額は年に一度見直し(定時決定)があるため、それに合わせて計算の基礎となる額も変動します。
- 標準報酬日額は、実際の賃金水準とは必ずしも一致しない場合があります。
メリット・デメリット
- メリット: 計算が比較的容易であり、標準報酬月額という公的な基準を用いるため、客観性があります。
- デメリット: 労使協定の締結が必要であり、また、従業員によっては、実際の賃金から大きく乖離する可能性があります。特に賃金水準が高い従業員の場合、有給休暇中の賃金が低くなる不利益が生じ得るため、労使間の合意形成が重要になります。
企業としての選択と運用上の注意点
就業規則等への明記
上記3つの計算方法のうち、どの方法を採用するかは企業の自由ですが、必ず就業規則その他これに準ずるものに明記しておく必要があります。 従業員が容易に確認できるよう周知徹底することも重要です。
一度定めた計算方法の変更
一度就業規則等で定めた有給休暇中の賃金計算方法を、従業員にとって不利益となるように変更する場合、原則として労働契約法第9条に定める労働者の個別の同意が必要となります。就業規則の変更のみで不利益変更を行う場合は、同法第10条に定める「合理的なもの」であり、かつ変更後の就業規則を周知する等の手続きが求められます。特に、標準報酬日額を用いる方法は、労使協定が必須であることから、変更時にも労使間の協議と合意形成が不可欠です。
特定の賃金形態の場合
- 歩合給制の場合: 「所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金」を採用する場合、歩合給部分をどのように扱うか就業規則等で明確に定める必要があります。通常、過去の歩合給実績等に基づき、平均的な歩合給額を含めて計算することが考えられますが、計算方法を具体的に規定しないとトラブルの元となります。
- 欠勤控除との関係: 月給制の場合、欠勤日数に応じて給与から控除(ノーワーク・ノーペイの原則)しますが、有給休暇を取得した日は「労働日」として扱われるため、この日の賃金は控除されません。
管理職が認識すべきこと
管理職は、自社の就業規則に定められている有給休暇中の賃金計算方法を正確に理解しておく必要があります。部下から賃金に関する質問があった際に、計算根拠を説明できるよう準備しておくことは、信頼関係を築く上で重要です。また、計算方法によって、有給休暇を取得することによる従業員の手取り額への影響が異なる場合があることを理解し、部下が安心して有給を取得できるような配慮を行うことも管理職の役割と言えるでしょう。
まとめ
年次有給休暇中の賃金計算は、労働基準法で定められた3つの方法から、企業が就業規則等で選択し、明記する必要があります。平均賃金、所定労働時間労働した場合の通常の賃金、労使協定による標準報酬日額相当額のいずれを採用する場合でも、その計算方法と運用ルールを正確に理解し、コンプライアンスを遵守することが求められます。
管理職や人事労務担当者は、自社の規則を確認し、必要に応じて経理部門や専門家とも連携しながら、正確な計算と適切な運用を行うことが重要です。これにより、従業員は安心して有給休暇を取得できるようになり、企業の信頼性向上にも繋がります。有給休暇の「100%消化」を目指す上で、賃金に関する疑問や不安を取り除くことは、部下が積極的に休暇を取得する後押しとなるでしょう。
正確な知識に基づいた適切な賃金計算を通じて、有給休暇制度の健全な運用を実現してください。