【フル有給攻略】年次有給休暇取得率向上 個別対応が必要な社員へのアプローチと法的留意点
はじめに:年次有給休暇取得率向上に向けた「個別対応」の重要性
「フル有給攻略ガイド」をご覧いただき、ありがとうございます。法改正や判例を踏まえ、有給休暇を100%消化するための情報を提供することを目的としております。管理職や人事労務担当者の皆様におかれましては、部署や全社の有給休暇取得率向上に日々取り組んでいらっしゃることと存じます。
全体的な取得率が向上している企業でも、特定の社員だけ年次有給休暇(以下、有給休暇)の取得が進んでいない、あるいは極端に少ないというケースに直面することは少なくありません。こうした状況を放置することは、当該社員の心身の健康問題、モチベーション低下、そしてチーム全体の業務バランスやコンプライアンスリスクに繋がる可能性があります。
有給休暇の取得促進は、一律の施策だけでなく、個別の状況に応じた丁寧な対応が不可欠です。この記事では、なぜ特定の社員の有給休暇取得が進まないのかという背景を理解し、管理職や人事担当者が取るべき具体的なアプローチ方法、さらにはその際に留意すべき法的なポイントについて解説します。
なぜ取得が進まないのか?背景にある要因の理解
特定の社員が有給休暇の取得をためらう背景には、様々な要因が複合的に絡み合っていることが考えられます。管理職としては、まずこれらの可能性を理解し、決めつけずに状況を把握することが重要です。
考えられる主な要因は以下の通りです。
- 業務量の過多または業務の属人化: 自分がいなければ業務が回らないという意識が強く、長期の休みはもちろん、単日の休暇すら取りにくいと感じているケースです。特定のスキルや知識が本人に集中している場合に起こりやすいでしょう。
- 周囲への遠慮・「休みにくい雰囲気」: チームや部署内で休暇取得が奨励されていなかったり、忙しい時期に休みを申請することへの罪悪感があったりする場合です。上司や同僚への配慮が強く働き、結果として申請を控えてしまいます。
- 制度への理解不足・誤解: 有給休暇が付与される条件、日数、繰り越しルール、時季指定権といった基本的な制度を正しく理解していない、あるいは誤解している可能性があります。例えば、「病気でないと休めない」「上司の許可が必要」といった誤った認識を持っていることもあります。
- 将来への不安(評価への影響など): 有給休暇を多く取得することが人事評価に悪影響を与えるのではないかと懸念しているケースです。このような不安は、特に目標達成への意識が高い社員や、評価制度が不透明だと感じている社員に見られることがあります。
- 取得するきっかけがない・計画性の不足: 具体的な休暇の目的(旅行、家族行事など)がなく、漠然と「いつでも取れる」と考えているうちに、計画を立てずに時間が過ぎてしまうケースです。
- 体調不良でないと休みを取ってはいけないという意識: これは「休みにくい雰囲気」とも関連しますが、有給休暇は心身のリフレッシュのために取得できるものであるという認識が薄く、体調を崩すまで我慢してしまう傾向です。
これらの要因は単独で存在するだけでなく、複数組み合わさっていることもあります。管理職としては、これらの可能性を念頭に置き、本人の状況を丁寧に理解しようとする姿勢が求められます。
管理職・人事担当者が取るべき具体的なアプローチ
有給休暇取得が進まない社員への対応は、一律の指示ではなく、個別の状況に寄り添ったアプローチが効果的です。以下に、具体的なステップとポイントを示します。
1. 個別面談の実施と原因の特定
最も重要かつ最初のステップは、対象社員との個別面談を通じて、取得が進まない真の原因を特定することです。
- 声かけのポイント: 面談の目的は、責めることではなく、サポートすることであることを明確に伝えましょう。「なぜ休まないのか」と問うのではなく、「〇〇さんの有給休暇の状況について、何か困っていることはありませんか」「業務量が多いと感じていますか」といった、本人の状況を気遣う言葉を選びます。
- ヒアリング内容例: 現在の業務量や担当業務の状況、業務の属人化の有無、有給休暇制度への理解度、過去の有給休暇取得に関する経験やチームの雰囲気に対する率直な意見などを丁寧に聞き出します。プライベートな事情に踏み込みすぎないよう配慮しつつ、本人の「休むこと」に対する考え方やハードルとなっている要因を探ります。
2. 原因に応じた具体的なサポートの提供
面談で特定された原因に基づき、具体的なサポート策を講じます。
- 業務量・業務分担の見直し: 業務過多が原因であれば、業務量の削減、優先順位の調整、あるいはチーム内での業務分担の見直しやサポート体制の構築を具体的に検討・実行します。属人化している業務があれば、マニュアル作成や他のメンバーへの共有を進めます。
- 取得計画策定の支援: 漠然とした不安や計画性の不足が原因であれば、年間または半期ごとの有給休暇取得計画を一緒に立てることを提案します。チーム全体の業務計画と照らし合わせながら、いつであれば比較的休みやすいか、どのように業務を引き継ぐかを具体的に話し合います。リフレッシュ休暇や慶弔休暇などの他の休暇制度と組み合わせて取得を促すことも有効です。
- 制度の周知徹底と理解促進: 制度への理解不足が原因であれば、有給休暇が付与される要件、日数、使用目的の自由(体調不良以外でも取得できること)、取得時の賃金など、基本的なルールを改めて丁寧に説明します。社内規定や厚生労働省のリーフレットなどを活用し、正しい知識を伝えます。有給休暇を取得することが生産性向上やワークライフバランスの実現に繋がり、企業にとってもメリットがあることを伝えることも有効です。
- 心理的なハードルを下げるための働きかけ: 周囲への遠慮や評価への不安が原因であれば、管理職自身が率先して有給休暇を取得する姿を見せること、チーム内で「有給休暇は権利であり、積極的に利用すべきもの」という共通認識を醸成することが重要です。有給休暇を取得した社員に対して、休暇後の業務の引き継ぎ状況や体調などを気遣う肯定的な声かけをすることで、安心して休める雰囲気を作ります。取得理由を不必要に詮索することは控えるべきです。
3. 組織的な環境整備
個別の対応に加え、チームや部署全体の環境整備も並行して進めます。
- チームでの業務共有・標準化: 特定の社員に業務が集中しないよう、日頃から業務の共有や標準化を進め、誰が休んでも業務が滞りにくい体制を構築します。
- チーム内での取得目標設定: チーム全体で年間〇日取得を目指すといった目標を共有し、お互いがサポートし合いながら計画的に取得できる文化を作ります。
- 上司の理解と協力: 管理職の上司や部門長の理解と協力を得て、部署全体の有給休暇取得促進に向けた方針を明確にすることも重要です。
個別対応における重要な法的留意点
有給休暇取得が進まない社員への対応においては、労働基準法に基づいた適切な対応が不可欠です。特に以下の点に留意する必要があります。
- 1. 労働者の時季指定権と会社の時季変更権: 年次有給休暇を取得する時季を決定する権利は原則として労働者にあります(労働基準法第39条第5項)。会社がその時季を変更できるのは、「事業の正常な運営を妨げる場合」に限られます(同条第6項)。単に特定の社員の取得が進んでいないという状況や、その社員がいないと一時的に業務が手薄になるという理由だけで時季変更権を行使することは認められません。業務が回るように事前に調整を行うことが管理職の役割です。
- 2. 年5日の年次有給休暇の確実な取得義務: 労働者に付与した年次有給休暇日数が10日以上である場合、使用者はそのうちの5日について、労働者の時季指定、計画的付与等により、毎年、労働者に取得させなければなりません(労働基準法第39条第7項)。取得が進まない社員がこの義務の対象者である場合、会社には取得させるための「時季指定義務」が発生します。この義務を怠った場合、使用者には罰則(30万円以下の罰金)が科される可能性があります(労働基準法第120条)。取得が進まない社員に対しては、この法的義務に基づき、会社として時季を指定して取得させる必要があることを丁寧に説明し、具体的な取得日を特定するプロセスを踏む必要があります。
- 3. 不利益取扱いの禁止: 労働者が年次有給休暇を取得したことを理由として、賃金の減額その他不利益な取扱いをすることは法律で禁止されています(労働基準法附則第136条)。有給休暇の取得状況を人事評価に不当に反映させたり、昇給・昇進で不利に取り扱ったりすることは許されません。個別面談などで取得を促す際も、取得しない場合の不利益を示唆するような言動は絶対に行ってはなりません。
- 4. パワハラのリスク: 有給休暇の取得を妨害するような言動は、パワーハラスメント(パワハラ)に該当する可能性があります。例えば、理由なく取得申請を認めない、申請を取り下げるよう強要する、繰り返し時季変更権を行使する、取得した社員に嫌がらせをするなどの行為は、法的な問題だけでなく、職場環境の悪化を招きます。個別対応を行う際は、常にハラスメント防止の観点からも自身の言動に注意を払う必要があります。
これらの法的義務やリスクを理解した上で、個別対応を進めることが、コンプライアンス遵守の観点からも極めて重要です。
まとめ:管理職の積極的な関与が鍵
年次有給休暇の取得が進まない社員への対応は、容易ではないかもしれません。しかし、これは単に制度を運用するだけでなく、一人ひとりの社員の働き方や抱える課題に目を向け、真にサポートするための重要なマネジメント業務です。
管理職の皆様が、取得が進まない背景にある要因を理解し、個別面談を通じて丁寧に状況を把握し、業務調整や計画策定支援、制度周知といった具体的なサポートを粘り強く提供していくことが、当該社員のウェルビーイング向上、生産性の向上、そしてチーム全体の有給休暇取得率向上に繋がります。
法的な義務(特に年5日取得義務の対象者への時季指定)を果たすことはもちろん、不利益取扱い・パワハラのリスクを回避しつつ、信頼関係を構築しながらサポートを進める姿勢が求められます。「フル有給攻略」を目指す上で、個別の事情に配慮した丁寧な対応が不可欠であることを改めて強調し、この記事が皆様の実践的な手引きとなれば幸いです。