管理職・人事担当者が知るべき 有給休暇取得者の不利益取扱い防止策と法的リスク
はじめに
年次有給休暇(以下、有給休暇)の取得は、労働者の権利として労働基準法により保障されています。近年、年5日の時季指定義務化などにより、企業における有給休暇の取得促進と適切な管理は、コンプライアンス上ますます重要になっています。
しかし、管理職や人事担当者の中には、部下の有給休暇取得に対して、業務への影響を懸念したり、評価への反映についてどのように扱うべきか迷ったりすることがあるかもしれません。特に、有給休暇を取得したことを理由として、従業員に対して不利益な取扱いをすることは、労働基準法により明確に禁止されています。
本記事では、管理職や人事労務担当者の皆様が、有給休暇取得に関する不利益取扱いについて正しく理解し、これを未然に防ぐための実践的な防止策と、万が一発生した場合の法的リスクについて解説します。法改正や判例の視点も踏まえ、安心して有給休暇制度を運用するための手引きとしてご活用ください。
有給休暇取得を理由とする不利益取扱いの法的根拠
労働基準法は、労働者が有給休暇を取得したことを理由として、使用者が不利益な取扱いをすることを明確に禁止しています。その根拠は労働基準法第136条に定められています。
労働基準法第136条: 「使用者は、第三十九条第一項から第四項までの規定による年次有給休暇を取得した労働者に対して、賃金の減額その他不利益な取扱いをしないようにしなければならない。」
この条文は、「〜ようにしなければならない」という表現を用いていますが、これは単なる努力義務ではなく、禁止規定として解釈されています。使用者がこの規定に違反した場合、労働者は損害賠償請求等を行うことが可能です。
「不利益な取扱い」とは具体的にどのような行為か
労働基準法第136条にいう「不利益な取扱い」とは、単に賃金の減額にとどまらず、労働者の労働条件や職場における地位等に関して、有給休暇を取得したことを理由とする不当な一切の取扱いを広く含みます。具体的な事例としては、以下のような行為が該当する可能性があります。
- 人事評価への影響: 有給休暇の取得日数が多いことを理由として、人事評価を不当に低くする。昇給や昇格の対象から外す。
- 降格・配置転換: 有給休暇の取得を理由に、本人の意に反して役職を解く、不利な部署への配置転換を行う。
- 賞与・一時金への影響: 有給休暇の取得日数に応じて、賞与や一時金を減額する、または不支給とする。
- 業務上の不利益: 重要な業務から外す、希望する業務を担当させない、その他、業務遂行上不利になるような取扱いを行う。
- 皆勤手当・精勤手当の不支給: 有給休暇を取得した日を欠勤扱いとし、皆勤手当や精勤手当を不支給とする。これは、有給休暇を取得した日を労働義務がある日に労働したものとみなす法の趣旨(労働基準法第39条第9項)に反するため、典型的な不利益取扱いとされています。
- その他: 不当な叱責、嫌がらせ、退職勧奨など、労働者のモチベーションや職場環境を損なう行為。
重要なのは、これらの取扱いが「有給休暇を取得したことを理由としているか」という点です。他の正当な理由(例: 業務成績の低下、規律違反など)に基づいた人事上の措置であれば、直ちに不利益取扱いとはなりませんが、その理由が有給休暇取得にあると判断されると、違法となります。裁判例においても、様々なケースで有給休暇取得と人事上の不利益との因果関係が争われており、客観的な事実関係に基づいて判断がなされています。
不利益取扱いと判断されないケース(合法的な対応)
有給休暇取得への対応が全て不利益取扱いとなるわけではありません。法律上認められた使用者の権利の行使や、合理的な理由に基づく措置はこれに該当しません。
- 時季変更権の正当な行使: 労働者が請求した時季に有給休暇を与えることが、事業の正常な運営を妨げる場合、使用者は他の時季に変更することを求める時季変更権を行使できます(労働基準法第39条第6項)。これは使用者に認められた権利であり、正当な理由に基づく時季変更権の行使は不利益取扱いにはあたりません。ただし、「事業の正常な運営を妨げる」かどうかの判断は厳格に行う必要があります。
- 業務効率化のための人員配置の見直し: 有給休暇の取得に関わらず、業務の効率化や組織再編等の合理的な理由に基づき、人員配置や業務内容を見直すことは許容されます。ただし、その真の理由が有給休暇取得にあると疑われるような不当な動機がある場合は、不利益取扱いと判断されるリスクがあります。
管理職・人事担当者が講じるべき不利益取扱い防止策
不利益取扱いを未然に防ぎ、すべての労働者が安心して有給休暇を取得できる環境を整備することは、コンプライアンス遵守だけでなく、従業員のエンゲージメント向上や生産性向上にも繋がります。管理職・人事担当者が実践すべき防止策は以下の通りです。
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法的知識の正確な理解と周知徹底:
- 労働基準法第136条の内容、不利益取扱いの具体例、そしてこれが発生した場合の法的リスクについて、管理職自身が正確に理解することが不可欠です。
- 理解した内容を、部下を含むすべての従業員に対して、研修や説明会、社内ポータル等を通じて分かりやすく周知徹底します。有給休暇は正当な権利であり、取得によって不利益を被ることは一切ないことを明確に伝えます。
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公平な人事評価制度の運用:
- 人事評価制度において、有給休暇の取得日数を評価項目に含めたり、取得日数が多いことを理由に評価を減点したりする仕組みになっていないか確認します。
- 評価においては、あくまで業務上の成果やプロセス、目標達成度に基づき、公平かつ客観的な評価を行います。有給休暇取得によって一時的に業務遂行に遅れが生じた場合でも、その原因が有給休暇取得にあるとして不当に評価を下げることは避けます。
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業務分担とバックアップ体制の構築:
- 特定の従業員が有給休暇を取得しても業務が滞らないよう、日頃からチーム内での業務分担を明確にし、相互にカバーできる体制を構築します。
- タスク管理ツールや情報共有ツールを活用し、誰が休暇を取得しても他のメンバーが必要な情報にアクセスできる環境を整備します。
- 管理職自身が率先してバックアップに入る姿勢を示すことも重要です。
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取得理由を問わない原則の徹底:
- 労働者は有給休暇の取得理由を明確にする義務はありません。管理職は、休暇申請時に必要以上に理由を詮索したり、プライベートな理由で取得することに対して否定的な態度を取ったりしてはなりません。
- 「私用」など、漠然とした理由での申請であっても、原則としてこれを認めます。ただし、時季変更権を行使する必要があるかどうかを判断する上で、業務との調整に必要な範囲で差し支えない限りで理由を尋ねることは許容される場合もありますが、強制や不当な詮索は厳禁です。
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取得しやすい職場環境の醸成:
- 管理職自身が積極的に有給休暇を取得し、ロールモデルとなります。管理職が休暇を取得しにくい職場では、部下も取得をためらいがちになります。
- チーム内で定期的に有給休暇の取得状況を確認し、取得が進んでいないメンバーに対しては個別に声かけを行い、取得を奨励します。業務調整について相談に乗るなど、具体的なサポートを提供します。
- 有給休暇取得をネガティブなものとして捉える雰囲気があれば、それを払拭するための意識改革を行います。
不利益取扱いが発生した場合の法的リスク
万が一、有給休暇取得を理由とする不利益取扱いが発生した場合、企業は以下のような法的リスクに直面する可能性があります。
- 損害賠償請求: 不利益取扱いを受けた労働者から、精神的苦痛に対する慰謝料や、減額された賃金・賞与等について損害賠償請求訴訟を起こされる可能性があります。裁判で不利益取扱いと判断された場合、企業は多額の賠償金の支払いを命じられることがあります。
- 行政指導・勧告: 労働基準監督署の臨検等において、有給休暇に関する不利益取扱いが確認された場合、行政指導や是正勧告の対象となります。これに従わない場合、企業名が公表されるなど、企業のレピュテーションに悪影響を及ぼす可能性があります。
- 労働組合との関係悪化: 労働組合がある場合、不利益取扱いに関する問題は労働組合との交渉事項となり、労使関係の悪化に繋がる可能性があります。
これらのリスクを回避するためにも、日頃からの適切な労務管理と、不利益取扱い防止に向けた組織全体の意識醸成が極めて重要です。
まとめ
年次有給休暇取得を理由とする不利益取扱い禁止は、労働基準法で定められた使用者の重要な義務です。管理職や人事労務担当者の皆様は、この法的原則を深く理解し、「不利益な取扱い」がどのような行為を指すのか、具体的な事例を通じて認識を深める必要があります。
そして、単に法律を遵守するだけでなく、すべての従業員が後ろめたさを感じることなく、当然の権利として有給休暇を取得できる職場環境を積極的に作り出すことが、現代の企業には求められています。公平な評価制度、効果的な業務分担、そして何よりも管理職の理解とサポートが、有給休暇取得率向上と不利益取扱い防止の鍵となります。
本記事が、貴社の有給休暇管理において、労働者の権利を尊重しつつ、円滑な組織運営を実現するための一助となれば幸いです。