【フル有給攻略】休業期間中の有給休暇申請と休業手当 管理職・人事担当者の法的対応と実務
はじめに:休業期間中の有給休暇申請、その複雑な問題
企業の管理職や人事労務担当者の皆様におかれましては、予期せぬ事業縮小や災害、あるいは経営戦略上の判断など、様々な理由により従業員を一時的に休業させざるを得ない状況に直面することがあるかと存じます。このような「使用者の責に帰すべき事由」による休業期間中に、従業員から年次有給休暇(以下、有給休暇)の申請があった場合、どのように対応すべきか、法的にどのような問題が生じるのか、疑問を持たれることは少なくありません。
休業期間中は労働義務がないため、そこに有給休暇を取得するという概念が馴染みにくい側面がある一方で、従業員にとっては少しでも収入を確保したいという思いもあるでしょう。また、休業手当の支払い義務との関係も考慮する必要があります。
本稿では、「フル有給攻略ガイド」のコンセプトに基づき、休業期間中の有給休暇申請に対する管理職・人事担当者の正しい法的理解と実務対応について、労働基準法上の休業手当支払義務との関係を含めて詳細に解説いたします。法的な正確性を確保しつつ、読者の皆様が実務で直面する課題解決の一助となることを目指します。
労働基準法上の休業手当支払義務とは
まず、休業期間中の有給休暇について考える前に、労働基準法(以下、労基法)における休業手当の支払義務について理解しておく必要があります。労基法第26条は、「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の100分の60以上の手当を支払わなければならない」と定めています。
この「使用者の責に帰すべき事由」とは、単に事業主の故意や過失に限らず、経営上の障害、例えば資材不足、機械の故障、経営難、得意先の倒産なども含まれると解されています。不可抗力(外部からの原因により発生し、事業主が通常の経営者としての最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故)でない限り、広く使用者の責に帰すべき事由と判断される傾向にあります。
休業手当は、労働者が労働契約に基づき働く意思と能力があるにもかかわらず、使用者側の都合によって就労できない場合に、その間の生活を保障するために支払われるものです。
休業期間中に年次有給休暇の申請があった場合
さて、この使用者の責に帰すべき事由による休業期間中に、労働者から有給休暇の申請があった場合、法的にはどのように考えられるでしょうか。
有給休暇は、労働日(労働義務のある日)について労働義務を免除し、賃金を保障する制度です。したがって、労働義務そのものが存在しない休業日について、労働義務を免除するという有給休暇の概念は原則として成立しにくいと考えられます。
行政解釈においても、「使用者の責に帰すべき事由によって休業する期間について年次有給休暇の請求があった場合においては、労働義務そのものが消滅しているわけではなく、労働者の申請があれば年次有給休暇を与えることは差し支えない」(昭和27年9月20日基監発第35号)とされています。これは、休業手当の支払い義務がある期間であっても、労働者の申請に基づき有給休暇を取得させることは「差し支えない」、つまり法的に許容される行為であることを示しています。しかし、これは使用者に有給休暇を付与する義務があるということまでを明確に示唆しているわけではありません。
判例の中には、会社の都合で操業停止となった期間について、労働者の有給休暇申請を会社が拒否しても違法ではないと判断したもの(最高裁昭和30年11月29日判決「白石営林署事件」)などがあります。これは、労働日の労働義務を免除する有給休暇の性質からすれば、労働義務のない日に申請されても使用者には時季変更権以前に拒否する権利がある、あるいは時季変更権の行使が正当化されるという考えに基づいています。
これらのことから、休業期間中は原則として労働義務がないため、その期間に有給休暇を取得することは本来の制度趣旨に合わない側面があり、使用者が申請を拒否しても直ちに違法とはならない可能性が高いと解されます。ただし、個別の状況や就業規則の定めによっては異なる解釈が生じる可能性も否定できません。
休業手当と年次有給休暇取得時の賃金支払いの関係
次に、休業期間中に万が一、労働者の申請に基づき有給休暇の取得を認めた場合の賃金支払いについてです。
休業手当は、あくまで労基法第26条に基づく「手当」であり、労働の対価である「賃金」とは性質が異なります。一方、有給休暇を取得した場合に支払われる賃金は、労働基準法第39条第9項(または労基法附則第136条)に基づき、平均賃金、所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金、または健康保険法の標準報酬月額の1/30に相当する金額(労使協定がある場合)のいずれかとなります。これは、労働義務のある日に労働しなかったことに対する賃金の保障です。
もし、休業期間中に有給休暇の取得を認めた場合、休業手当(平均賃金の60%以上)と有給休暇取得時の賃金(通常賃金等)の両方を支払う義務が生じるのかが問題となります。
法的には、同一の期間に対して休業手当と有給休暇取得時の賃金の二重払いをする必要はないと考えられます。労働者が有給休暇を取得し、それによって賃金が支払われる場合、その期間については有給休暇による賃金支払いが優先され、休業手当の支払義務は生じない、あるいは有給休暇取得による賃金をもって休業手当支払義務を満たしたと考えるのが一般的です。
つまり、休業期間中に労働者が有給休暇を取得した日については、休業手当ではなく、有給休暇取得の場合に支払われる所定の賃金を支払うことになります。通常、有給休暇取得時の賃金は休業手当の最低基準(平均賃金の60%)を上回るため、労働者にとって有利になることが多いです。
管理職・人事担当者の実務対応と注意点
休業期間中に部下から有給休暇の申請があった場合、管理職や人事担当者は以下の点に留意して対応することが重要です。
- 正確な法的知識に基づいた判断: 休業期間中は原則として労働義務がないため、有給休暇の取得は本来の制度趣旨に馴染まないことを理解しておきます。会社として申請を拒否することが法的に可能であることを知っておくことは、対応の基本となります。
- 丁寧な説明: 部下からの申請に対しては、なぜ休業期間中は有給休暇の考え方が異なるのか、休業手当との関係はどうなるのかを丁寧に説明します。感情的な対応ではなく、会社の状況と法的な制度に基づいた説明を心がけましょう。
- 会社としての対応方針の確認: 休業期間中の有給休暇申請に対して、会社としてどのように対応するか(一律拒否、個別の事情を考慮して認める場合があるなど)の方針を事前に確認しておくことが望ましいです。この方針は、就業規則などで明確にしておくことがトラブル防止に繋がります。
- 申請を認める場合の事務手続き: もし会社の方針として休業期間中の有給申請を認める場合は、その日が休業手当の対象期間であったとしても、有給休暇として処理し、有給休暇取得時の賃金を支払うことになります。勤怠管理システムや給与計算システム上での適切な処理を確認し、給与計算部門との連携を密に行います。
- 就業規則の見直し: 休業期間中の有給休暇の取扱いについて、就業規則に明確な定めがない場合は、この機会に見直しを検討するのも良いでしょう。曖昧な規定は労使間の誤解やトラブルの原因となり得ます。
大切なのは、法的な原則を理解した上で、会社の置かれている状況と従業員の状況を総合的に考慮し、透明性を持って対応することです。一方的な判断ではなく、対話を通じて相互理解を深める姿勢が求められます。
その他の関連事項:傷病手当金などとの違い
休業手当と混同しやすい公的な給付として、健康保険の傷病手当金があります。傷病手当金は、業務外の傷病により労務不能となった場合に健康保険から支給されるものであり、使用者の都合による休業とは全く性質が異なります。休業期間中に従業員が病気で労務不能となった場合、原則として傷病手当金の対象となり、その期間は休業手当の支払義務は生じません(ただし、休業手当の方が高額であればその差額を支払う義務が生じる場合があります)。有給休暇は労働義務のある日の申請が前提であるため、傷病手当金の受給期間中に有給休暇を取得することはできません。
まとめ:正確な知識と丁寧な対応で信頼を築く
使用者の責に帰すべき事由による休業期間中の有給休暇申請と休業手当の関係は、法的にやや複雑な側面を持ちます。原則として、労働義務のない休業日に有給休暇を取得することは制度趣旨に馴染まないため、会社が申請を拒否することも可能であると考えられます。しかし、労働者の申請に基づき有給休暇の取得を認めることは差し支えなく、その場合は休業手当ではなく有給休暇取得時の賃金を支払うことになります。
管理職や人事担当者としては、これらの法的な原則を正確に理解した上で、会社の対応方針を明確にし、部下に対して丁寧かつ誠実に説明を行うことが重要です。不透明な対応は従業員の不信感を招き、労使関係の悪化に繋がります。正確な知識と適切な実務対応を通じて、部下からの信頼を得ていくことが、「フル有給攻略」を目指す上でも不可欠な要素となります。有給休暇だけでなく、あらゆる人事労務に関する問題に対して、法を遵守しつつ、公平で透明性のある対応を心がけていきましょう。