【管理職・人事必見】有給休暇取得中の給与から社会保険料をどう控除する? 実務解説
年次有給休暇取得中の社会保険料控除:管理職・人事担当者が知っておくべき実務ポイント
年次有給休暇(以下、有給休暇)の取得促進は企業の重要な課題であり、労働者の心身のリフレッシュや生産性向上に繋がります。一方で、管理職や人事労務担当者の方々からは、「部下が有給休暇を取得した場合、その月の給与計算や社会保険料の控除はどうなるのか」といった実務的な疑問が寄せられることがあります。
特に、社会保険料は給与から控除される金額の中でも比較的大きく、従業員の関心も高い項目です。「有給を取得して勤務日数が減ったのに、なぜ社会保険料はいつもと同じ額が引かれるのか?」といった質問に対し、管理職や人事担当者は正確に回答できる必要があります。
本記事では、「フル有給攻略ガイド」のコンセプトに基づき、有給休暇取得中の社会保険料の取り扱いについて、法的な考え方と実務上の注意点を解説します。正確な知識を持つことで、従業員からの問い合わせに適切に対応し、給与計算における誤りを防ぎ、コンプライアンスを遵守することができます。
有給休暇中の給与支払いと社会保険料控除の原則
まず大前提として、有給休暇を取得した日に対しては、労働基準法第39条第7項に基づき、会社は所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金、平均賃金、または健康保険法による標準報酬日額のいずれかを支払わなければなりません。多くの企業では「通常の賃金」として、欠勤控除を行わずに通常通り賃金を支払う方法を採用しています。
社会保険料は「標準報酬月額」に基づき計算される
健康保険料と厚生年金保険料は、労働者の実際の月給や欠勤日数に関わらず、「標準報酬月額」に基づいて計算されます。標準報酬月額とは、毎年4月から6月までの3ヶ月間の報酬月額の平均を区切りの良い幅で区分したものです。
社会保険料(健康保険料・厚生年金保険料)は、この標準報酬月額に保険料率を乗じて計算され、事業主と被保険者(従業員)がそれぞれ半額ずつ負担します。この保険料額は、原則として1年間(9月から翌年8月まで)固定されます。
つまり、有給休暇を取得した月の給与額が、有給を取得しなかった月と比べて日割りの影響で変動したとしても(通常の賃金で支払う場合は変動しませんが)、標準報酬月額自体が変わるわけではないため、健康保険料と厚生年金保険料の金額は原則として変動しません。
月末在籍の原則
さらに重要な点として、健康保険や厚生年金保険の被保険者資格は、月の末日に在籍しているかどうかで決まります。月の途中で入社・退職した場合を除き、月の末日にその会社の被保険者であれば、その月の社会保険料が全額発生します。月の途中で何日有給休暇を取得したとしても、月末に在籍していれば、その月の社会保険料(被保険者負担分)が給与から控除されることになります。
有給休暇取得中の雇用保険料・労災保険料
雇用保険料と労災保険料(これを総称して「労働保険料」と呼びます)の計算方法は、健康保険料や厚生年金保険料とは異なります。
- 雇用保険料: 賃金総額(税引き前の給与や賞与などの合計額)に雇用保険料率を乗じて計算されます。事業主と被保険者がそれぞれ負担します。
- 労災保険料: 事業主が賃金総額に労災保険料率を乗じて計算し、全額を負担します(労働者の給与から控除されることはありません)。
有給休暇を取得した場合、その期間の賃金は通常通り支払われるため、賃金総額は有給を取得しなかった場合と同等になることが一般的です。したがって、雇用保険料も通常勤務月と同額が計算されることが多く、被保険者負担分が給与から控除されます。労災保険料も事業主負担であるため、労働者の給与計算上の直接的な影響はありません。
実務上の注意点と従業員への説明
1. 給与計算期間と保険料控除月を確認する
多くの企業では、当月分の社会保険料を当月の給与から控除するか、翌月分の社会保険料を当月の給与から控除する(いわゆる「翌月控除」)のいずれかの方式を採用しています。この控除方式によって、従業員が受け取る手取り額に影響が出ることがあります。会社の給与規程や就業規則で、社会保険料の控除方式がどうなっているかを確認し、正確な計算を行う必要があります。
2. 従業員からの質問に正確に回答する
「有給を取って休んだのに、なぜ社会保険料は満額引かれるのか?」という疑問は、従業員からしばしば寄せられます。管理職や人事担当者は、以下の点を丁寧に説明できるようにしておくことが重要です。
- 健康保険料・厚生年金保険料は、実際の勤務日数ではなく、標準報酬月額に基づいて計算されること。
- 標準報酬月額は、年に一度の定時決定や随時改定によって決まること。
- 月末に会社に在籍していれば、その月の社会保険料は発生すること。
- 有給休暇を取得しても、原則として通常の賃金が支払われること。
これらの点を、専門用語を避け、分かりやすく説明することが、従業員の納得を得るために不可欠です。給与明細を見ながら説明すると、より理解しやすくなるでしょう。
3. 長期休業(有給消化後欠勤など)の場合の取り扱い
本記事は有給休暇中の社会保険料に焦点を当てていますが、長期にわたり欠勤が続く場合(例えば、有給休暇をすべて消化した後に病気欠勤となるなど)は、給与の支払いがなくなる、または大きく減額される可能性があります。この場合、社会保険料の取り扱いも変わってきます(例:給与から控除できない場合の直接納付や猶予など)。こうしたケースについても、人事担当者として正確な知識を持っておく必要がありますが、これは有給休暇取得中の社会保険料とは別の論点として整理して理解することが重要です。
4. 不利益取り扱いにならないように注意する
労働基準法附則第136条は、「使用者は、第三十九条第一項から第四項までの規定による有給休暇を取得した労働者に対して、賃金の減額その他不利益な取扱いをしないようにしなければならない」と定めています。有給休暇を取得したことを理由に、社会保険料の計算方法を変えたり、不当な控除を行ったりすることは、この不利益取り扱いの禁止に抵触する可能性があります。適切な社会保険料の計算と控除は、コンプライアンス遵守の観点からも非常に重要です。
まとめ
年次有給休暇を取得した際の健康保険料および厚生年金保険料は、原則として通常の勤務月と同額が給与から控除されます。これは、これらの保険料が標準報酬月額に基づいて計算され、月末在籍の原則があるためです。雇用保険料は賃金総額に基づきますが、有給取得中は賃金が支払われるため、通常と同額となることが多いでしょう。
管理職や人事担当者としては、これらの社会保険の仕組みを正しく理解し、従業員からの疑問に誠実に、かつ正確に回答することが求められます。また、給与計算担当者との連携を密にし、正確な保険料計算と控除が実施されているかを確認することも重要な役割です。
社会保険料に関する不安や疑問は、従業員が有給休暇の取得をためらう要因の一つとなり得ます。正しい情報を提供し、有給休暇取得によって給与や社会保険料が不当に扱われることはないという安心感を従業員に与えることが、「フル有給攻略」に向けた重要な一歩となります。