【フル有給攻略】部下の有給取得妨害はパワハラに?「有給ハラ」の法的リスクと管理職の正しい対応
はじめに
年次有給休暇の取得は、労働者の権利として労働基準法によって保障されています。企業には、この権利が適切に行使できるよう、労働者が希望する時季に有給休暇を付与する義務があります。しかし、現実には、部下が有給休暇を取りたいと申し出た際に、管理職や他の同僚からの不当な圧力や嫌がらせによって取得を諦めてしまう、あるいは取得後に不利益を受けるといった事例が散見されます。
このような行為は、俗に「有給ハラスメント」(以下「有給ハラ」といいます)と呼ばれ、労働者の権利侵害であるだけでなく、職場の士気低下や離職率増加、さらには企業の法的リスクにもつながる深刻な問題です。管理職や人事労務担当者は、有給ハラの実態を正しく理解し、これを防止するための適切な知識と対応策を身につける必要があります。
本稿では、有給ハラの定義、関連する法的リスク、そして管理職としてどのようにこの問題に向き合い、健全な職場環境を構築・維持していくべきかについて、具体的に解説いたします。「フル有給攻略ガイド」として、管理職の皆様が部下の有給休暇取得を適切にサポートし、コンプライアンスを遵守するための実践的な手引きとなることを目指します。
「有給ハラ」とは何か? 定義と具体例
「有給ハラ」は、法律上の明確な定義がある用語ではありません。しかし、一般的には、労働者が年次有給休暇の取得を申し出たこと、または取得したことに対し、業務上の必要性を著しく逸脱した言動によってその取得を妨害したり、取得後に嫌がらせや不利益な取扱いを行ったりする行為全般を指す言葉として使われています。
これは、広い意味でパワーハラスメントの一種と捉えることができます。厚生労働省が策定したパワーハラスメント防止指針(事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等に関する指針)では、「優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害されること」がパワーハラスメントと定義されています。有給休暇の取得は労働者の権利であり、これを妨害する行為は、正当な業務指示の範囲を明らかに超えるものである可能性が高いと言えます。
具体的にどのような行為が有給ハラにあたる可能性があるのでしょうか。以下に例を挙げます。
- 取得の妨害:
- 「お前だけ休むのか」「みんな忙しいのに」「休んだら評価を下げるぞ」など、威圧的な言動で申請を取り下げさせようとする。
- 申請理由を執拗に詮索し、プライベートな情報まで聞き出そうとする。
- 「人員が足りないから」「今忙しいから」といった理由で、時季変更権の要件を満たさないにもかかわらず、一律に申請を却下する、あるいは申請時期を一方的に指定する。
- 取得後の嫌がらせや不利益:
- 有給休暇を取得したことを理由に、無視をする、嫌味を言う、無理な量の業務を押し付ける。
- 査定や昇進において、有給休暇の取得日数を不当に考慮し、評価を下げる。
- 取得した日数に応じて、他の休暇(慶弔休暇など)の取得を制限する、あるいは減給・降格を示唆する。
これらの行為は、個々の言動や状況によってその性質や悪質性は異なりますが、労働者の有給休暇取得という正当な権利行使を妨げ、安心して働ける職場環境を損なうものです。
「有給ハラ」の法的リスク
有給ハラは、単なる倫理的な問題にとどまらず、企業や管理職に重大な法的リスクをもたらします。
1. 労働基準法違反のリスク
労働基準法第39条において、労働者は一定の要件を満たせば年次有給休暇を取得する権利を有します。同法では、労働者が指定した時季に有給休暇を与える義務が事業主に課されており、事業主がこれを拒否できるのは、事業の正常な運営を妨げる場合に限られ、この場合も時季変更権を行使するにとどまります。時季変更権の行使が認められるのは極めて限定的なケースであり、単に「忙しいから」といった抽象的な理由や、代替要員を確保していないことのみを理由とした時季変更権の濫用は認められません。
また、労働基準法附則第136条は、「使用者は、第三十九条第六項、第八項及び第九項に規定する事項(※年5日の時季指定義務等)について労働者が時季を指定したこと、使用者等が時季を指定し、又は労働者の同意を得て取得させたことその他労働者が年次有給休暇を取得したことを理由として、当該労働者に対して不利益な取扱いをしないようにしなければならない」と定めています。有給休暇を取得したこと自体を理由とした降格、減給、人事評価での不利益な取扱いは、この規定に違反する可能性があります。
2. パワーハラスメント防止義務違反のリスク
2020年6月1日(中小企業は2022年4月1日)から、労働施策総合推進法に基づき、事業主には職場におけるパワーハラスメント防止のための雇用管理上の措置を講じることが義務付けられています。有給ハラは、その内容によってはパワーハラスメントに該当する可能性が高く、企業が適切な防止措置を講じていない場合、この義務違反となります。
適切な防止措置には、事業主の方針等の明確化及び周知・啓発、相談窓口の設置、事後の迅速かつ適切な対応などが含まれます。管理職が部下に対して有給ハラを行った場合、企業は被害者からの相談を受け付け、事実関係を調査し、加害者への措置を適切に行う責任があります。これを怠ると、企業はパワーハラスメント防止義務違反を問われる可能性があります。
3. 損害賠償請求のリスク
有給ハラによって精神的苦痛を受けた労働者は、企業や加害者個人に対して、民事上の損害賠償請求(慰謝料請求)を行う可能性があります。有給休暇取得は労働者の基本的な権利であり、その行使を不当に妨げられたり、取得後に嫌がらせを受けたりすることは、人格権や労働契約上の権利を侵害する行為とみなされ得るためです。実際に、有給休暇取得を巡る不利益取扱いを違法とし、企業に損害賠償を命じた裁判例も存在します。
4. 行政指導・罰則のリスク
労働基準法違反については、労働基準監督署による行政指導の対象となります。悪質な場合や改善が見られない場合には、罰則(労働基準法第120条により30万円以下の罰金など)が科される可能性もゼロではありません。また、パワーハラスメント防止義務違反に対しても、是正指導の対象となります。
このように、有給ハラは企業イメージの悪化、従業員の士気低下といった問題に加えて、法的紛争や行政処分といった現実的なリスクに直結します。管理職はこのリスクを十分に認識し、有給ハラを未然に防ぎ、適切に対処することが求められます。
管理職が取るべき正しい対応策
管理職は、部下の有給休暇取得を適切にサポートし、有給ハラを防止・解消するための鍵となる存在です。以下に、管理職が取るべき具体的な対応策を示します。
1. 予防策:有給休暇を取りやすい職場環境を作る
有給ハラを防ぐ最も効果的な方法は、そもそも部下が有給休暇の申請をためらったり、取得後に後ろめたさを感じたりしないような、心理的に安全で協力的な職場環境を構築することです。
- 管理職自身の意識改革: 年次有給休暇は労働者の権利であり、義務ではありません。「休ませてあげる」という上から目線ではなく、「権利行使を支援する」という意識を持つことが重要です。管理職自身が進んで有給休暇を取得し、取得を推奨する姿勢を示すことも有効です。
- チーム内の相互理解と協力体制の構築: 部下同士が互いの業務内容を理解し、休暇取得時に業務をカバーし合えるような協力体制を日頃から構築しておきます。特定の個人に業務が集中しないよう、適切な業務分担と標準化を進めることも重要です。
- 計画的な業務管理と休暇取得計画の奨励: 繁忙期などを考慮しつつ、四半期や半期ごとにチーム全体の休暇取得計画を立てることを奨励します。これにより、突発的な申請による業務への影響を最小限に抑え、計画的な人員配置や業務調整が可能となります。
- 有給休暇制度に関する正しい知識の共有: チーム内で有給休暇の付与日数、繰り越し、時季指定権、時季変更権、年5日取得義務などの基本的なルールについて、正確な知識を共有します。誤解や無知が原因で、不適切な言動が発生することを防ぎます。特に、申請理由を問わないことや、時季変更権を行使できるのは限定的な場合であることを明確に伝えます。
- オープンなコミュニケーションの促進: 日頃から部下との信頼関係を築き、業務上の懸念だけでなく、休暇に関する相談も気軽にできる雰囲気を作ります。部下が「有給を取りたいのですが…」と切り出しやすい関係性を築くことが、ハラスメントの早期発見・防止につながります。
2. 発生時の対応:公正かつ迅速な対処
万が一、チーム内で有給ハラが疑われる状況が発生した場合、管理職は以下の対応を迅速かつ公正に行う必要があります。
- 部下からの相談への傾聴と情報収集: 有給ハラに関する相談を受けた場合は、部下の話を遮らずに真摯に聞き、事実関係を丁寧に確認します。いつ、どこで、誰が、どのような言動を行ったのか、具体的な状況を記録します。相談内容がプライベートなものも含む場合があるため、守秘義務を徹底します。
- 事実関係の調査: 必要に応じて、関係者(加害者とされる人物、他のチームメンバーなど)からも聞き取りを行い、多角的に事実を確認します。ただし、聞き取りの際は、関係者のプライバシーに配慮し、公正な姿勢を保つことが重要です。
- 人事部門との連携: 有給ハラが疑われる事案が発生した場合、必ず人事労務部門と連携します。事実調査の方法、加害者への指導・処分、被害者へのケアなど、専門的な観点からのアドバイスを受け、会社としての適切な対応方針を決定します。
- 行為者への指導・処分: 事実関係が確認された場合、行為者に対しては、その行為が労働者の権利を侵害する不適切なものであることを明確に伝え、厳重に指導します。悪質なケースや繰り返される場合には、就業規則に基づいた懲戒処分なども検討します。
- 被害者へのケアと再発防止: 被害を受けた部下に対しては、精神的なケアや今後のサポート体制について丁寧に説明します。また、チーム全体で今回の事案を共有し(個人名特定は避ける)、二度と同様の問題が発生しないよう、ルールの再徹底や研修の実施といった再発防止策を講じます。
管理職は、このような問題が発生した場合に、あいまいな態度を取らず、迅速かつ公正に対応することが、チームからの信頼を得る上で不可欠です。問題を見過ごしたり、矮小化したりすることは、さらなる問題を引き起こす原因となります。
まとめ
年次有給休暇の適切な取得は、労働者の心身のリフレッシュを促し、生産性向上やモチベーション維持に不可欠です。管理職や人事労務担当者が「有給ハラ」に関する正しい知識を持ち、労働者の権利を尊重する姿勢を明確に示すことは、コンプライアンス遵守はもちろんのこと、風通しの良い、働きがいのある職場環境を築く上で極めて重要です。
有給ハラは、労働基準法上の不利益取扱い禁止やパワーハラスメント防止義務に違反する可能性があり、企業にとって法的リスクを伴います。管理職の皆様は、本稿で解説した予防策と発生時の対応策を参考に、日々のマネジメントにおいて部下の有給休暇取得を積極的に支援し、全ての従業員が安心してその権利を行使できる環境整備に努めてください。
「フル有給攻略ガイド」は、皆様が年次有給休暇制度を正しく理解し、100%消化を目指すための実践的な情報を提供してまいります。今後も法改正や実務上のポイントに関する情報にご注目いただければ幸いです。